フロアへと戻る田中さんの背中を眺めながら、マナトさんは私の腕をとる。
「まったく。早速これだから。君は可愛すぎるからな。悪い虫がすぐにつきそうで困る」
「えっ」
「俺が見張ってないと、誰かにとられそうってこと」
本気で焦っていそうな彼の、その顔を私はマジマジと見る。
さっき、田中さんに、言われた事が頭をぐるぐる回っている。
(恋愛感情はない……はずだよね)
なのにこの過干渉ぶり。
もしかして妹か、まさかの娘みたいに思ってる?
しばらく考えた私は、こういうコミュニケーションが彼の流儀なのだと結論付た。
「マナトさんって、そうか。ぬるっと距離感近い人でしたもんね」
「ん?」
「いいえ。なんだか腑に落ちました。勘違いはそろそろやめて、仕事に集中します!」
なんだか、すごくすっきりしていた。
田中さんが、裏事情を暴露してくれたおかげで無駄な悩みを抱えずにすんだ。
マナトさんは、私を女として見ていない。なのに、まるで恋してるような態度がとれる人。
チャラ男と似てるけど、ちょっと違う。
コミュニケーションが過剰で、よく言えば愛が深いタイプなのだろう。
私は多分彼の身内みたいなポジションに収まったのだ。
それ以外に、なんの意味もない。
「何を考えてるんだろうねえ。みかりんは」
どこか謎めいた表情でマナトさんは言う。
「お仕事を頑張らなきゃな、って……それだけです」
私はサバサバとそう伝える。
「モードが変わっちゃったねえ。じゃあさ、俺が何を考えてるかわかる?」
マナトさんはじっと私を見つめてきた。
「社内挨拶の文章について……とか?」
本番まであと数時間。
「まさか。あんなの、準備の必要すらないよ」
両肘を机の上に置き、顔を近づけてくる。
「これから君をどうやって虫から守ろうか、って。それだけ」
「虫……?」
「今までが奇跡だったんだろうなあ。無傷でいてくれて。チャラ男の兄に感謝だよ。とはいえ、まあ、君は罪だよね。全然ことの次第がわかってない。この辺で釘を刺しておこうか」
マナトさんは私をまじまじと見て、「おいで」と言った。
そのいい方が、妄想の中の、初夜のマナトさんに重なって、私の心臓はドキン、と跳ねる。
「や、や、やめてください!」
「え?」
「あ、いえ、すみません、なんでもないです……」
一人で悶々とするのが嫌で、せっかく心を整えたのに。
またドキドキしてしまってる。
「やめてくださいって、そのいい方、そそるね」
何故だかマナトさんはにっこりと笑い、
「じゃあさ、リクエストにお答えしてそういうプレイやっちゃおうかな」
私の腕をつかむと強引に歩きだした。