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第19話 不機嫌な彼

 フロアへと戻る田中さんの背中を眺めながら、マナトさんは私の腕をとる。


「まったく。早速これだから。君は可愛すぎるからな。悪い虫がすぐにつきそうで困る」

「えっ」

「俺が見張ってないと、誰かにとられそうってこと」


 本気で焦っていそうな彼の、その顔を私はマジマジと見る。

 さっき、田中さんに、言われた事が頭をぐるぐる回っている。


(恋愛感情はない……はずだよね)


 なのにこの過干渉ぶり。

 もしかして妹か、まさかの娘みたいに思ってる?

 しばらく考えた私は、こういうコミュニケーションが彼の流儀なのだと結論付た。


「マナトさんって、そうか。ぬるっと距離感近い人でしたもんね」

「ん?」

「いいえ。なんだか腑に落ちました。勘違いはそろそろやめて、仕事に集中します!」


 なんだか、すごくすっきりしていた。

 田中さんが、裏事情を暴露してくれたおかげで無駄な悩みを抱えずにすんだ。

 マナトさんは、私を女として見ていない。なのに、まるで恋してるような態度がとれる人。


 チャラ男と似てるけど、ちょっと違う。

 コミュニケーションが過剰で、よく言えば愛が深いタイプなのだろう。

 私は多分彼の身内みたいなポジションに収まったのだ。

 それ以外に、なんの意味もない。


「何を考えてるんだろうねえ。みかりんは」


 どこか謎めいた表情でマナトさんは言う。


「お仕事を頑張らなきゃな、って……それだけです」


 私はサバサバとそう伝える。


「モードが変わっちゃったねえ。じゃあさ、俺が何を考えてるかわかる?」


 マナトさんはじっと私を見つめてきた。


「社内挨拶の文章について……とか?」


 本番まであと数時間。


「まさか。あんなの、準備の必要すらないよ」


 両肘を机の上に置き、顔を近づけてくる。


「これから君をどうやって虫から守ろうか、って。それだけ」

「虫……?」

「今までが奇跡だったんだろうなあ。無傷でいてくれて。チャラ男の兄に感謝だよ。とはいえ、まあ、君は罪だよね。全然ことの次第がわかってない。この辺で釘を刺しておこうか」


 マナトさんは私をまじまじと見て、「おいで」と言った。


 そのいい方が、妄想の中の、初夜のマナトさんに重なって、私の心臓はドキン、と跳ねる。


「や、や、やめてください!」

「え?」

「あ、いえ、すみません、なんでもないです……」


 一人で悶々とするのが嫌で、せっかく心を整えたのに。

 またドキドキしてしまってる。


「やめてくださいって、そのいい方、そそるね」


 何故だかマナトさんはにっこりと笑い、


「じゃあさ、リクエストにお答えしてそういうプレイやっちゃおうかな」


 私の腕をつかむと強引に歩きだした。



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