マナトさんの表情がみるみる曇る。
こんな悲しい顔をさせているのが私だと思うと、申し訳なくて仕方ない。だからこそ……。
(絶対に直してみせるわ!)
私の心は燃えていた。
成長モードに入った私は結構強い。
落ち込む事も多いけれど、切り替えも早いのが、数少ない私の美点。改善点が見つかれば全力で直す。そのためにも、きっちり何が悪いのか指摘してもらわねば。
「さあ、教えてください。次から絶対に気を付けますから」
私は前のめりに繰り返した。いっそ腕まくりしたいほどだった。
キラキラな目、なんて言われたけどその時とはくらべものにならないほど、今の瞳は輝いているはずと心で思う。
「くっ……」
何故だかマナトさんは、唇をかんだ。
さっきまでの男っぽく強引な態度が嘘みたい。ちょっと困っているのが表情でわかる。新たな葛藤が、彼の心に生まれているようだ。
それでも私は彼から目を逸らさない。
(きっと気をつかってくれてる……マナトさんは優しいから……)
だとすれば安心させてあげなければ。私は笑顔でこう言った。
「オブラートはいりません。ズバッとどうぞ!」
再びマナトさんは物憂げな溜息をついた。
「……田中と……俺以外の男と楽しそうに話してたのが気に食わない。ただそれだけだ」
視線を心持ち下に下げ、ぽつり、とマナトさんは言った。
「え……?」
私は思わず首を傾げた。
空耳かと一瞬思った。それくらい、意外すぎる理由だったから。
恥ずかし気だったマナトさんの表情が勝ち気なものへと変わっていく。
「俺という男がいるのに他の男に粉をかけられてちゃダメでしょ。男なんてね、皆、狼なんだから。気を許しちゃダメだ」
私は両目を見開いた。
確かにそんなことを、田中さんと二人で言い合っていた気がするけれど……。
あれって、おふざけじゃなかったの?
「田中さんって高校時代からの親友なんですよね?」
マナトさんの眼差しがまた鋭くなった。
「ずいぶん詳しいね。神聖なオフィスで何雑談してんの」
その神聖なオフィスで壁ドンしている張本人は平気で自分を棚に上げ私を睨む。
「まさか連絡先とか交換してないだろうね」
悪魔的に美しい人の細い眉根が吊り上がり……。
「名刺をいただきました……」
私はおずおずとそう答えた。
案の定、マナトさんはいきり立つ。
「あいつ、油断も隙もないな」
「困った時の相談に乗ってくれるってだけですよ?」
「はあああああ? 余計に心配なんだけど?」
「いえ、でも、もし田中さんとの会話が気になるようでしたら、私は無実です。職場恋愛なんて、全然考えていませんから!」
私は叫んだ。
「職場恋愛は考えてない?」
マナトさんがきょとんとした顔でそう言った。
「ええ!」
「少しくらいは」
「ありません!」
力をこめて私は請け負う。
(そうか。マナトさんは、それが気がかりだったんだ……)
安堵感が私の心を柔らかく満たす。
やっと理由が判明した。
心を読まれたわけでも、失言したわけでもなく、心配してくれていたんだ。彼を傷つけていたわけじゃないと知り、ホッとする。
それなのに……。
「くっ」
マナトさんは私を恨めしそうに睨んだ。
(あれ、テンションが下がってる?)
安心させようと思ったのに……。
マナトさんはこう続けた。
「君がそうでも、相手はわからない」
そうか。この人は私をすごく良く見てくれる人だった。
マナトさんは吐き出すようにこう言った。
「みかりん。君は俺の秘書なんだから今は俺のことだけを見ていなさい」
「もちろんです……!」
私はこくこくと頷いた。
誤解を招くような態度を取るのはやめるようにと、釘を刺されているのだろう。
確かに私には弱い部分がある。
目の前の相手にシンクロしすぎて、すぐに軸がぶれてしまう。前の会社ではそういう性格が命取りになった。
何でも調べてしまうこの人は、そのあたりの事情を把握しているのだろう。
「今はマナトさんの事で頭がいっぱいで、それどころじゃありませんもの」
私は正直にそう告げる。
「俺の事で?」
「はい」
私は頷く。
「俺と一緒だね。さすがは魂の双子」
「え?」
「俺の頭の中も君でいっぱい。ま、どんな事を考えてるのかは……本人を前にしては言えないけどね」
挑むような視線にドキドキする。
「一つだけ覚えておいてね。俺、君を束縛しまくるから。どっちにしても四六時中一緒なんだし」
凄みのある目が私の瞳をまっすぐに射抜く。最初に感じた肉食動物の目だ。
背筋がぞくっと震えた。もし……何かでこの人を裏切ったら……。
どんな事になるんだろう。
「なーんてね」
そう言うとマナトさんはパッと壁につけていた両手を自らの顔の横へ移動させる。
「お仕置き効いた? 最初が肝心だと思って頑張ってみました」
輝くような笑顔。
「今のも……冗談?」
「うん」
「はああああ。びっくりしました」
足から力が抜けそうになりふらつく私の体を、マナトさんが受け止める。
「ごめんね。平気?」
スーツの上からでもはっきりとわかる意外にも逞しい胸板に抱きとめられる。
私は「ありがとうございます。平気です」と小さな声で答えるのがやっとだった。