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第24話 君が思うよりずっと

「あー疲れた」


社長室に戻ると、マナトさんはネクタイを緩め、大きなソファにどさりと体を預けた。


「お疲れ様です。コーヒーをお淹れしますね」


私はそう言い、給湯室へ向かおうとした。


「いいや、待って」


マナトさんが、少し甘えたような声で私を呼び止める。色っぽい目つきで、人差し指をちょいちょいと曲げ、私を手招きした。


戸惑いながら彼の前に立つと、彼は強引に私の手を握り、自分の横へと座らせてしまった。


「あの、マナトさん?」


「コーヒーより、みかりんがいい」


甘い声でそう言うと、マナトさんは私の肩に自分の頭をコテンと乗せてくる。


ドキッとしたけれど、今、いろんな重圧を感じているのは彼の方だと気がつき、私は胸の鼓動を必死に抑えた。


 とりあえず釘を刺しておく。


「あの、さっきイガさん……いえ、会長が言ったんです。マナトさんは公私混同は絶対しないタイプだって」

「へー。そうなの。それって恋愛的なことだよね」

「はい」


 私は頷く。

 つまりこういうこと。

 私はただの秘書でマナトさんの安息を守るのが仕事で。

 諸々わきまえてますからと言いたかったのだ。


「で、それ聞いた時、どう思った? 俺の印象変わった?」


 マナトさんは眠たそうな口調で訪ねてくる。


「正直に言うと意外でした」


 私はそう答えた。


「もう少し不真面目だと思ってた?」

「そういうのとは違っていて……うまく説明できないのですが」


 私はもっと傲慢な勘違いをしていた。

 もしかしたらマナトさん、私の事、少しは好きかもなんて。

 スキンシップ過多な彼のテンションに乗っかって、初夜だの新婚だのの妄想を繰り広げていたほどに……。

 もちろん秘密だ。ああ、危なかった。もしバレていたらと思うと、穴をほって入りたくなるほど恥ずかしい。


「確かに俺、公私混同は、しないよ。今まで会社の子に手を出したことないしね」

「そ、そうなんですね」

「俺、そこそこ仕事は頑張るんだよ。営業成績も1位だったし」

「すごいです」

「とはいえ、御曹司っていう下駄を履かせてもらってるけどね」

「いえいえ」

「だからこそ、手は抜けないって言うか。まあ、後を継ぐ気になれなかった分、他の事では貢献しようと思ってたわけ」

「なるほど」


 なんだかマナトさんは語りたいモードらしい。

 私は少しでも心を落ち着かせてもらいたいな、なんて思いながら相槌を打つ。


「ま、って事で、仕事中に女のことを考えるなんて、仕事に集中してない証拠だろ。論外だ」

「ですよね」

「……と思ってた」


 マナトさんはにっこりと笑った。


「君に会うまではね」


 ん?


 これはどういう意味だろう?


「俺にとって君は特別ってこと」


 まあ、そうですよね。秘書ですし。


「まあ、俺はみかりんが好きだよ。君が思っている以上にね」


 マナトさんにそう言われ、また呆気なく心が跳ねる。

 好きという単語に深い意味などないとわかっているくせに……どうしようもなくドキドキする。

 慣れない仕事慣れない場所……まだ知り合ったばかりの私たち。

 戸惑うのは当たり前だと私は自分で自分に言い聞かせた。


「私も、大好きです。マナトさんが」


 心を込めてそう伝える。


「だって、好きにならずにはいられません。私のために、これだけ骨を折ってくださる方なんて今まで一人もいなかったから」


 マナトさんの頭が私の肩からすっと遠ざかる。

 彼は私から距離を置き、マジマジと私を見つめてきた。

 ここで目をそらしてはならぬと、私も彼を見つめ返す。


「タイミングを計ってるんだけど……ま、今じゃないな」


 独り言のような小声で彼は言う。


「え?」

「ああ、いや、なんでもない」


 仕切り直しのようにマナトさんは前髪を書き上げた。

 その瞬間、驚くほどの色気が部屋中に漂った気がして私はハッとしてしまう。


「そうだ。さっきさ、講堂を出る時、男たちの数名が君の動きを追っていたの気づいた?」


 突然マナトさんはそんなことを尋ねてきた。


「視線が動いたのには気づいてました。でもそれはマナトさんさんを見ていたんですよ」

「いやいや、君だよ」


 マナトさんは笑った。


「マナトさんさんですって」

「君は自分の魅力に無自覚だからな。いいや大多数の男が君を見てた。君ってさ、自分が思う以上に男の目を引くいい女なんだから、田中との時も言ったけどさ、警戒心は持っておくようにね。基本男は皆狼だと思っていてちょうどいい。君が納得するまで何度でも言うよ。でないと危なっかしくて仕方ない」

「そんな……!」


 私の顔が赤くなっていく。


「うーん。なんだかみかりんって、チャラ男の兄を持ってたって割りに、男への警戒心が薄いよね」


 実はそれには心当たりがあった。


「多分、兄のせいで男の人が苦手になって、敬遠している間にモテなくなって……だから自分だけはチャラ男の餌食にはならないと言う、謎の自信があるんだと思います」

「なるほど。変な進化系だね。ただまあ、俺としては心配だよ。無防備すぎて」



「ありがとうございます。マナトさんさんって本当に私を褒めまくってくださいますよね。現実の私はどこにでもいる平凡な人間なのに」


 マナトさんはまじまじと私を見るとこう続ける。


「その理由に心当たりは?」

「人のいいところを見つけるのが得意なんだなって」

「……まあそういうことにしておこうか」


 マナトさんはあっさりとそう言った。


「俺の課題は君をときめかせること。全部を自己開示してしまったら俺に執着してもらえないからなあ。うまくやらないと」


 意味不明なセリフに色っぽい上目遣い。

 私の心臓は甘く震えた。

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