それからの1週間は時間が飛ぶように過ぎて行った。
各部署、クライアント、下請け先などなど、マナトさんと一緒にあちこちに顔を出し、挨拶に次ぐ挨拶を繰り返す。
マスコミからのインタビューを受けることも多く、社長室には常に人がいる状態だった。
そんな中、私の仕事といえば接客とマナトさんの付き添いだ。
難しい仕事は一切ないが気は使う。朝起きて鏡を見るとどこかやつれた私がそこにいた。
マナトさんはそんな私と違って通常モードを崩さない。
(凄いなあ)
自分で自分の機嫌をとり、いつも明るさを忘れない。
軽そうに見えて大人だなあと感じる。
接するたびに彼へのリスペクトが膨らんでいった。
怒涛のような日々がやっと落ち着いて、ぽっかりと時間が空いた日に、田中さんからの引継ぎが行われることになった。
マナトさんはその間に営業部の引継ぎをするらしく、珍しく一人で社長室を後にした。
やがて田中さんはのっそりと現れた。
「お忙しいところありがとうございます」
「いや、むしろ暇です。会長が世界一周旅行中ですからね」
田中さんは呆れ顔で言った。
「この僕に何も言わずに出立したんですよ。まあ、別にいいですけども」
「マイペースなんですね。会長は」
「ええ。振り回されてばかりです。お陰様で息抜きはできてますが」
引継ぎは室内のデスクで行う事に。
マナトさんに文句を言われないよう、ブラインドは開けておく。
田中さんは、主にマシンの中にあるフォルダの説明、スケジュール管理方法などについて教えてくれた。効率の良いスケジュール管理や気遣い、大きな年間イベントなど、曖昧だった部分がクリアになり、とてもありがたい。人に何かを教えてもらって今より良い環境に近づけていくのは大好きだ。つい夢中になってしまう。
「それにしても素直な生徒だなあ。教えがいがありますね」
田中さんも、そう言ってくれていて、時間をもらっている身としてはホッとした。
「少しお休みしましょうか」
レクチャーを一通り終えた田中さんが言う。
「ええ。長い時間、ありがとうございました」
私はお礼を言い、心をこめてコーヒーを淹れた。
「はああ、久しぶりに働いたって気がするなあ」
田中さんはカップを持ち、椅子に背中をつけた。
コーヒーを飲みながら、リラックスした姿勢で話しかけてくる。
「毎日あっちへ行ったりこっちへ行ったり大変でしょう。うちの社長秘書って運転手も兼ねるから方向音痴じゃつまらない仕事ですよね」
私はぎくりとしながら小声で言った。
「それが……運転はマナトさんがしてくださってるんです」
「えっ。そうなんですか!?」
「私は助手席に乗っているだけで」
「ええっ」
やっぱり田中さんは驚いている。
いたたまれなくなって私は肩をすくめた。
「私、ペーパードライバーなんです。教習所で練習し直します、って初日に宣言したら、必要ないと却下されました。それ以来ずっとマナトさんが運転を」
「なんとまあ」
「方向音痴なのでナビ代わりにもなっていません。お恥ずかしい」
「はあああ」
この反応。
絵に書いたような呆れっぷりだ。
「私、ほとんどお役に立ててない気がします」
慰めてもらえるなんて期待してはなかったけれど、さすがの私も落ち込んだ。
「いいんじゃないでしょうか。マナトは何でもできますし。しかし驚くほどホワイトな環境ですね。羨ましい」
田中さんはまた唇をかんでいる。
イガさんは、どんな上司だったのか、心配になってきた。
「だけどまあ、あいつも女性の扱いがうまくなりましたね。朝倉さんとは相性がいいのかな。学生時代は散々だったんだけどなあ。女性関係」
コーヒーを飲みながら田中さんは呟く。
マナトさんの女性関係。
正直知りたくてたまらない自分がいる。
「マナトさんさんってどんな学生だったんですか?」
恐る恐る尋ねてみる。
「あのまんまです。文武両道。何でもできるのに、どっか抜け感あって。男からしたら見ているだけで腹が立つ存在ですよ」
それは、そうだと思う。機知の情報すぎる。
私が知りたいのはズバリ……。
「きっとモテてたんでしょうね」
これである。
さりげなさを装ってはいるものの、実際は喉から手が出るほど知りたい情報なのが残念だ。
「当たり前ですよ! 何を言ってるんですか」
なぜだか田中さんはいきり立つ。
「あれでモテないわけないでしょう。学年1の美女やらアイドルの卵やら、ありとあらゆる女生徒から告白されていましたしバレンタインなんか山盛りのチョコでした……思い出したら腹が立ってきた」
「田中さんだってモテてたでしょう?」
「ああ、そう言われてみたらそうですね」
(立ち直った)
本当に田中さんは面白いキャラだ。
落ち着きを取り戻した田中さんは不思議そうに言う。
「マナトはなんというか、女性にそこまでの理想を求めてないと言いますか。告白されたらとりあえず付き合っていたんですよ。あ、友達からのお付き合いって感じですね。恋愛関係とかではなく。もちろん好みから外れた子はパスだったと思いますが、好みを聞いても曖昧でね。確か一途な子がいい、くらいかな」
そのノリは私にもわかる気がする。
バーでの彼が、そうだったからだ。
(私のことドストライクとか言ってくれたけど……浮気者じゃなかったら誰でもOKだったんだろうな)
イガさんのお見合い相手だって、浮気者でさえなかったら、会っていた気がする。
本当にイガさんはよく言えばマイペース、悪く言えば適当すぎると私は思った。