「人と人は触れ合ってみないとわからない。マナトさんって、そんなふうに思っていそうですね」
「ですねえ。確かに。ただ、どれも、恋人未満で終わったんだよな。なんでだろう。あいつ、女性の事、周りに全然言わないから。みかりさんくらいですよ。自分からその話を持ち出してきたの」
どんな風に話していたのかとても気になるが、その前に学生時代である。
仕事を優先するために職場では彼女を作らない。
そのポリシーはわかるのだが、学生時代にまで硬派だったのはなぜだろう。
「ふむ。なんか、だんだん思い出してきました」
田中さんは眼鏡のふちに指をつけ、渋い表情を浮かべている。
「告白された順番に、まあ、お付き合いが始まるじゃないですか。お試しというか友達としての」
「ええ」
「最初は女の子も有頂天ですよ。ところが。次第に雲行きが怪しくなってきまして。マナト側に変化はないんですが、女の子の方が不安になってくるみたいですね。大体女の子から振っていた気がするなあ。何故だか僕が愚痴の聞き役に呼び出されていました。感情むき出しの女って怖いですよね」
私もチャラ男な兄の関係してきた女性に呼び出される事が多かったから、修羅場の空気は想像できる。
「何がそこまで問題だったんでしょう。うちの兄ならチャラ男で浮気者だから、という分かりやすい理由があるんですが」
「冷たく感じるんだと思います。なんせ、彼女たちこぞって言いますもん。五十嵐マナトには心がない。感情のないロボットだ……って」
「感情のないロボット……!」
私は両目を見開いた。
「それって、イガさん……あ、会長が奥さまに言われていた言葉と同じですね。でも、会長はともかく、マナトさんはロボットとはかけ離れた性格なのに」
「罵倒セリフの常套句かもしれませんね。けどまあ彼女たちの気持ちも分かりますよ。付き合ってても好きになってもらえないのは辛いでしょうし」
「でも……友達から、ってことで交際を始めてるんですよね」
「ええ。ただ、どれだけ好きでも、相手が暖簾に腕押しではね。恋愛は互いに気持ちを与え合うものでしょうから」
私は神妙な顔でつぶやいた。
「なんだか、とっても可哀そうですね」
「その通りです。片想いは辛いですからね」
「いいえ。彼女たちじゃなくて……そんな風に言われてしまう、マナトさんが、可哀そうだと思って……」
私は高校時代の彼を脳裏に浮かべた。
きっと今より少し幼い、でも、今と同じくらい輝いているマナトさん。
お付き合いを申し込まれて、お試しで付き合うことになって。
きっと女の子は恋のときめきを期待していたんじゃないかな。その気持ちは痛いほどわかる。私だってそうだもの。
でも、マナトさんは多分、もっと穏やかで静かで、ふと気が付けば傍にいた、って感じのお付き合いを求めていたんじゃないかな。そしてそういうお付き合いでも、ちゃんと愛してくれる人なんじゃないかな。
今ならわかる。
マナトさんのそういう部分。
「ただのミスマッチ。それだけの事だと思うんです。それなのに感情のないロボットなんて……そんないい方……」
いつのまにかぎゅっと強く拳を握りしめていた。
「だって、好きな人に振り向いてもらったんでしょう? じゃあ、そこから好きになってもらえるように頑張ったら良かったのに……きっとマナトさんなら、目の前の女性をちゃんと愛してくれますよ」
田中さんは首をひねった。
「それはどうかなあ。正直納得はできないな」
「……どっちにしても、一度は好きになろうと決めた相手に『ロボット』なんて言われたマナトさんが可哀そうです……」
まだ知り合って少ししか経っていないけれど、きっとマナトさんは自分なりに彼女たちと向き合おうとしたはずだ。
それがわかるからこそ、やるせない。
感情のないロボットなんかじゃなくて、彼はブリキの木こりなのだ。
誰よりも優しい心を持っているのに、その優しさに気づかれない。
そして、本人までもがその誤解を信じこんでしまっている。
色々な積み重ねがあった結果そうなってしまったのだろうけれど。
マナトさんは素直に言葉の一つ一つを受け止めすぎてしまったんじゃないかな。
女性たちを幸せにできなかった罪悪感と共に……。
そんなことを考えていたら。
「お、マナト」
田中さんの声に、ハッとして私は顔をあげた。
外から帰ってきたマナトさんが、神妙な顔で立っている。
「おかえりなさいませ」
立ち上がって頭を下げた。
マナトさんは「ただいま」と言うと、じっと私の顔を凝視する。
(あれ? いつもの軽口は?)
他の男と話すなとか、そういう戯言が全然なくて、ただひたすら真面目な顔のマナトさんに、私は違和感を覚えた。
「それじゃ、そろそろ帰ろうかな。コーヒーごちそうさまでした」
田中さんはそそくさと帰っていく。
「おいで。みかりん」
マナトさんは真顔でそう言うと、社長室へと入っていく。
その背中に、違和感を覚えるが、私にはまだ理由がわからなかった。