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第27話 突然の

 社長室に入るとマナトさんはジャケットを脱いだ。

 私はそれを受け取りながら、声をかける。


「引き継ぎお疲れ様でした」

「うん。まあ、大したことはしてないけどね。みかりんもお疲れ様」


 なんだろう。

 声に元気がない気がする。


「あの、僭越ながら何かありました?」


 私は思い切って尋ねてみた。


「んー。そうだね。さっきの君たちの話を聞いててさ」


 ハッとした。


「あの、どこから聞かれていましたか?」

「ミスマッチがどうとかのあたりかな」


 マナトさんはけだるそうにソファに座った。

 座面をトントンと叩かれて、招かれていると知る。


「失礼します」


 私は隣に腰かけた。

 そして早々に頭を下げる。


「すみません。可哀そうなんて言ってしまって……まさか聞かれているとは思ってもいませんでした」


 マナトさんは男性で、立派な人で、同情なんて絶対にされたくないだろう。


「いや、そこではなく……」


 マナトさんは私をじっと見た。


「君は俺をよくわかってくれてる。ずっとそうやって、他人のいいとこ探しをしてきたんだろうな。そういうところ、とても好きだよ。だけど、その反面、鈍感で勘違いも多くて読み間違えている部分もある。とんでもなく激しくね」

(この目、またモードが変わった)


 肉食動物の目だ。心臓がどくどくと早鐘を打つ。


「高校時代につきあってた女の子たちの、きっと誰も、俺は愛さなかったよ。だから彼女たちが俺を恨むのは当然だ」


 マナトさんは言った。


「それは……マナトさんが優しいからそう思ってあげているだけで……」

「みかりん。俺は彼女たちを愛さなかった。愛そうとはしていたよ。でも、今振り返ってみるとわかるんだ。運命の相手は一瞬でわかる」


 意味深な目つきで見つめられ、私の鼓動はさらに早まる。


「勝手に決めつけてしまって申し訳ございません。次から気を付けますね」


 謝罪して立ち上がろうとしたが、手首を握られ、強引に戻されてしまった。

 温かい手の感触。心の底からドキドキする。


「話はまだ終わってない。みかりん。俺が何にこだわってるか……何に傷ついてるか全然わかってないよね」

「はい……」


 そう言いながらも、マナトさんの態度から、確かに尋常じゃない様子はひしひしと伝わってくる。


「教えてあげる。俺の特別扱いを、その意味を……」


 マナトさんはネクタイの結び目に指を入れた。

 第一ボタンが外され、綺麗な鎖骨と男っぽい喉仏に、つい見入ってしまう。


「誰でもいいわけじゃないんだ」


 何故か語尾が甘く掠れた色っぽい声でマナトさんは囁く。

 そして至近距離まで顔を近づけてきた。


 この距離はおかしい。変だ。自分でもわかっているのだけれど……。

 私が使った言葉の何かで、確実に彼を傷つけてしまったという、深い罪悪感が警戒心を鈍らせている。


「目を閉じて……」


 そう言われて、私は素直に従った。

 吸血鬼に魅入られた処女が唯々諾々と魔物の指示に従うみたいに、私の体は甘く痺れて頭の中も弛緩していてうまく全然回らない。


「君は本当に可愛い。可愛すぎる」


 彼の吐息が唇に触れ、私はハッと我に返った。


 至近距離にある彼の顔。


「好きだ」


 色っぽい目で囁かれる。

 もう何度となく言われた言葉。その度に「私も」と答えてきた。

 でも……。

 やっと頭の中に危険信号が点滅を始める。

ダメだ。多分ここは彼を押しのけて逃げるべき。


「乗ってみない? 玉の輿。案外乗り心地いいかもよ?」


 からかうような声。しかしその目の奥は真剣そのもので。

 ただでさえ、騒がしい心臓が大変な事になっている。


「や……だめ……」


 背中を逸らして彼と一定の距離を取ろうとするが、後頭部を手のひらでサポートされ、引き寄せられた。

 ハッとしてもがく間もなく唇が重なる。電流が走ったような、凄まじい刺激が背筋を駆け抜けていく。

 両眼を開けたまま受けるキス。意外にも温かい唇の感触に、心臓が早鐘を打ち始める。

 キスなんて初めてで……。どうやって息をすればいいのかわからない。

 至近距離にある彼のまぶたが閉じられていて……慌てて真似する。

 お互いに口の形が小さいからか、ぴったりと重ね合わされる唇に、ただひたすらドキド

 キしていた。


「君の唇、甘くて美味しい……もっと全部欲しくなる」


 一瞬だけ唇を離しそれだけ言うとまた重ねてくる。

 今度はさっきのより深い。舌が口腔へと差し込まれて、もう全身がとろけそう。

 経験のない私でも、はっきりわかる。

 彼のキスは極上だ。

 テクニック以上に優しさを感じる。手の動きや唇の感触で。

 あまりもの気持ちよさに体から力が抜けていく。

 マナトさんは後頭部に添えた己のてのひらに力をかけ、私の顔を上向かせる。キスは深まり、歯列を割って入ってきた舌が口腔をなぞる。

 何を気持ちよくなってるの……。こんなこと、許してはダメなのに。

 マナトさんは仕事とプライベートを分ける人。

 それなのに。

 胸の内の葛藤とは裏腹に、いつしか私はうっとりと、口腔をまさぐる肉厚な舌に自分の

 舌を絡めていた。


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