テクニカルで甘いキス。
恋愛未経験な私でも、躊躇なく彼の舌を受け入れ、己の舌を絡めていた。
決してタガが外れた、なんて感じじゃない。彼のリードが凄かった。
身をゆだねていたら、自然にとるべき行動へと導かれている感じなのだ。
気持ちがよくて、ロマンティックで、どこか性的な香りもしていて……。
大きな右手が、ブラウスの胸のあたりをまさぐり始め、体から力が抜けていく。
と、いきなりバッと体が離れた。
「ごめん。俺、間違えた」
真っすぐ私を見つめるとマナトさんはそう言った。
「え?」
意味がわからない私は、その真意を探ろうと彼の目をひたと見返す。
マナトさんは何事もなかったかのように体を離し、私の唇を丁寧に指先で拭う。
色っぽい仕草……否応なしにドキッとする。
さっきまでキスされていたのだから戸惑うのは当然だけど……。
なんだか、許しを乞うような仕草に思えた。
こんな時、どう振る舞えばいいのだろう。さっきまで彼のリードで、初めてのルートを正しく進めていた気がしたのに、手を放されるとたちまち迷子だ。
私はただひたすら、彼を見つめた。
濡れた眼差しが真っすぐ私に向けられる。
その眼差しから逃げないだけでも、かなりの精神力が必要だった。
普段以上に艶めいた瞳。彼はポンポンと私の肩を叩きこうささやく。
「ごめんね」
語尾が甘くなるかすれ声。
ちょっと待って。
このタイミングで謝るとか。最悪じゃない?
嫌な予感が頭をよぎる。
だって、キスの後、間違ったと言われて、謝罪されて……それって……。
「じゃ俺、今からメールチェックするから」
暗に退出を求められているのだと気がつき、私は慌てて立ち上がった。
「失礼しました!」
大きく頭を下げる。
「うん」
憑き物が落ちたみたいな、すっきりした雰囲気のマナトさん。いくら彼が恋愛マスターだったとしてもこの切り替えは早すぎない?
いや、彼にとって、これはイレギュラーな出来事のはず。
周りの評判が本当なら、彼はオフィスで女性に手を出さない。
ああ、でも。
脳裏に兄の姿が浮かぶ。
兄だって普段からチャラチャラしているわけじゃない。
チャラ男の一面を見せるのは女性……しかも気のある子限定だった。
マナトさんにもいろんな顔があるはずだ。
田中さんやイガさん、男の人には見せない別な顔が……。
真面目と不真面目。硬派とナンパ。
どっちが本当のマナトさんなの?
はらいのけようと思っても次から次へと沸き上がる疑惑の影。
心がネガティブで押しつぶされそうになりながらも、私はドアに向かった。
マナトさんのスマホがちょうど鳴り、会話が始まる。
動揺一つ見られない彼の声を背後に聞きながら、私はフロアを後にした。
椅子に座り、唇にそっと触れてみる。濡れた感触が唇から指先へと移った気がして……さっき以上にドキドキした。