お姫様抱っこで社長室へ。
マナトさんはリモコンでブラインドを下げ、慣れた手つきで内鍵を閉めた。
そっとソファへとおろされる。
当然のように彼も真横に座った。
「じっとしてて」
真剣なまなざしでそう言うと、マナトさんは私の肩に手を触れた。
「あ、あの」
「ケガがないか確認してる。じっとしてて」
彼は唇を固く結び、私の全身に触れていく。
助けてもらったというのに、別な不安が頭をよぎり、私はあわあわしてしまう。
「大丈夫です。全然どこも打ってないから」
「緊張で筋肉をいためてるかもしれないでしょ。そうだったら病院だからね」
彼の目は真剣そのもので……。
マナトさんは意外にもかなりの心配性らしい。
彼の両手が私の肩をさわさわと撫でる。
だんだん下へと降りてきて、足まで触られてしまった。
鏡を見るまでもなく、私の顔は真っ赤である。
ただ、彼の手つきに下心のようなものは一切感じられず、その様子から純粋にケガを心配してくれているのだとはっきりわかった。
(疑ってごめんなさい)
心の中で手を合わせる。
とはいえ、マナトさんにはキスという前科もあるから、仕方ないとも思うのだけれど。
「よかった。ケガはないみたいだね」
にっこり笑顔でそう言われて、私はホッとした。
やっとスキンシップから解放されるらしい。
このままだと、逆に、別な病気にり患しそうだった。
「おかげさまです。ありがとうございました」
そう言って立ち上がろうとしたが、その前に、彼の両手が私の頬を挟み込みすくい上げるようにして持ち上げられた。
「君って人は俺をドキドキさせる天才だね」
「えっ?」
「しかも、ド天然。こっちはバッチリ狙ってるのにさ。全然うまくいかないよ」
「狙ってるって、どういう……」
マナトさんは耳元に唇を寄せて囁きかけてきた。
「俺を死にそうなほど心配させたバツだ。もういい加減、わかってるよね。俺からのお仕置き」
もちろん、想像はつく。初めてじゃないから……。
私は目をそっと閉じる。
予想通り、呆気なく唇を奪われた。かみつくように激しく、強引な口づけ。
歯列をこじあけるようにして長い舌が口腔へと入ってくる。
一緒に唾液が押し込まれ、甘い香りのするそれを私は一気に飲み干した。
新しい習慣が始まった。英会話である。
まずは帰宅してからの30分と、お昼休み時間を英語の鍛錬にあてることにしたのだ。
(いきなり修行モードになっても根気が続かないだろうし、やれる範囲でぼちぼちとね)
昨夜、明子にいいアドバイスをもらった。
「語学を勉強って考えちゃダメよ。あくまでもコミュニケーションツールなの。英語が喋れるようになったら、青い目の彼氏ができるかもしれない……どう? ワクワクしてきたでしょ」
なるほど。恋愛マスター明子先生らしい考え方だ。
長く続けるためにも肩の力を抜くことは大切である。
コミュニケーションツールは、言われてみたら確かにそうだが、想定外だった。
ビジネススキルの1つという認識だった。
(青い目のボーイフレンド……そんなの出来たら大きなカルチャーショックだよね)
正直なところ今は仕事とマナトさんの事で頭がいっぱい。交友関係を広げることにまで気持ちは回らない。しかし、楽しんでやるべきという明子の考えには共感した。
だから、10分程度とはいえ、会社の休憩時間を有効活用することに決めたけれど、極力「仕事のため」と思わないようにする。
出会いのために英語を学ぶ。新しい価値観が私の心をときめかせていた。