宴は会社近くの居酒屋で行われた。
男女合わせて総勢20人くらい。独身者という縛りもあり、20代が多そうだ。
自己紹介や乾杯タイムはなく、座ると同時に飲み物をオーダー、適当にお喋りが始まった。
私は、村上さん、山田さんという、男性職員に挟まれて座った。正面には二人を先輩と呼ぶ、木下さんという男性職員。その横が田中さんだ。
「浮気しちゃダメだよ」
と釘をさすマナトさんに、私なんてモテませんからと啖呵をきった私。
それなのに周りは男の人ばかり。そして……。
「朝倉さん、彼氏いないらしいね。僕なんかどう?」
「いやいや、俺の方がいいよ。絶対に浮気しないし」
私は両脇の村上さんと山田さんから奇妙なアプローチもどきを受けている。
「いや、私はまだ彼氏だなんて……仕事を覚えるので精一杯ですし」
「真面目だなあっ」
「そこがいいっ」
さっきから油断すれば、ムズムズするような持ち上げが入り、落ち着かない。
新人の私を気遣ってくれているのだろうが、正直私にそういうのは不要だ。人として普通に接してほしい。
(田中さん、助けてっ)
目で合図を送ってみたが、彼はちびちびと美味しそうにビールを飲んでいるだけ。
そう言えば田中さんだけは今も昔も、私と同じくこの中では外部の人間だった。彼の隣に行けばよかった。
マナトさんという共通の話題もあったのに、と後悔する。
正面の、かなり若く見える男性……木下さんが尋ねてきた。
「あのっ。朝倉さん。質問があるんですけど!」
「なんでしょう」
「イケメンだけど性格に難ありな奴と、ブサメンでも性格がいい奴、どっちが好きですか?」
彼も恋愛絡みの話題である。
しかも、なんなの、その二択。意図がよくわからない。
「性格がいい方……?」
とりあえずそう答えると、「じゃあ、村上さんの方ですね」木下さんはにっこり笑った。
「よっしゃあああ! 木村、お前、先輩思いのいい奴な!」
何故か村上さんがガッツポーズをしている。
つまり、村上さんがルックスはいまいちと言われた方なの?
「どうせ俺は顔だけ男ですよ……」
やさぐれている山田さんが「イケメン」らしいのだが、私にはよくわからない。どちらもそれなりに好青年という印象だ。
村上さんにしてもルックスをある意味貶されたのに、喜ぶ意味が謎だった。男の人ってわからないなあ。
私ならこの推し方はむしろ傷つく。
どちらにしても……。
(このノリ、チャラ男のノリだわ……! 女の人が間近にいると、とりあえず口説く、周りに誰がいても気にしない、このノリ……!)
私はしばらく会っていない兄を思いだしていた。
彼は元気なのだろうか。マナトさんのおかげで借金の心配はないのだから、真人間に厚生していてもらいたい。無理かなあ。
「と言うわけで、朝倉さん、今度デートしてくれませんか?」
黄昏れている私に、村上さんがそんな事を言う。
ああ、このノリも、覚えがある……なんて思っていたら、背後からゴホゴホと誰かのせき込む音がした。
振りむくと、廊下を隔てたカウンター席に座っている黒いパーカーを羽織った男性がせき込んでいるのが見えた。
猫背の後ろ姿がどことなく目立っている気がして、ついしばらく見てしまう。
その人はむせながら水を飲んでいた。風邪というより、喉に何かが引っ掛かったようなせき込み方だ。
「朝倉さん?」
名前を呼ばれて、ハッとした。
村上さんが、酔っているのか目じりを赤く染めて、私を見ている。
「あ、ごめんなさい。何の話でしたっけ」
「ったく、つれないなあ。デートのお誘いですよ」
「ああ、そのことなら、ごめんなさい」
「随分あっさりですねえ」
後輩君たちも驚いている。
「ええ……こういうノリは兄で知ってますので……」
「ん? 兄?」
「ああ、いえ、さっきもお話したように、今は仕事に全力なんです。ごめんなさい」
私はにっこり笑ってそう告げる。
マナトさんに同じ事を言われたら、死ぬほどドキドキした気がするのに……。
1ミリも気持ちが動かない自分に内心驚く。
「そうですかあ。残念。でも、振り方も素敵です。ファンになっちゃいました」
元々冗談だったのだろう。
潮が引くみたいに、口説き攻勢は終了する。
(マナトさんのは……本気っぽく聞こえるから……ドキドキしてしまうんだろうなあ)
私は枝豆に手を伸ばしながら分析した。
彼の戯言も、今みたくさらりと流せれば楽になれるのに。
あ、ダメだ。
今、彼を思いだした途端、心臓が甘く震えてしまう。
たった今までびくともしなかったハートが、鼓動を速めていた。
田中さんがやっとこっちを見た。
「まあ、イケメン対決じゃあ、うちのボスには誰だって敵わないからなあ。そこを基準にするのは野暮だと思うぞ」
「そうでしたね。失礼しました」
木下さんが首を竦めている。
「確かにあんなイケメンが間近にいたら、他の男なんか虫けらに見えるかもなあ」
イケメン枠の山田さんがうなだれた。
「そんな事、ないですよ……私、男の人のルックスとか、あまり気にならないほうですし」
「じゃあ、あいつを初めて見た時、なんて思ったんです?」
田中さんがジト目で追及してくる。
私の頬は赤らんだ。
「それは……オーラが凄いなあと思いました」
「ほらほら、これだ」
同期なりのライバル心があるのだろう。
マナトさんの話題になると田中さんは別人格へと変わってしまう。