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第39話 宴

 宴は会社近くの居酒屋で行われた。

 男女合わせて総勢20人くらい。独身者という縛りもあり、20代が多そうだ。

 自己紹介や乾杯タイムはなく、座ると同時に飲み物をオーダー、適当にお喋りが始まった。

 私は、村上さん、山田さんという、男性職員に挟まれて座った。正面には二人を先輩と呼ぶ、木下さんという男性職員。その横が田中さんだ。


「浮気しちゃダメだよ」


 と釘をさすマナトさんに、私なんてモテませんからと啖呵をきった私。

 それなのに周りは男の人ばかり。そして……。


「朝倉さん、彼氏いないらしいね。僕なんかどう?」

「いやいや、俺の方がいいよ。絶対に浮気しないし」


 私は両脇の村上さんと山田さんから奇妙なアプローチもどきを受けている。


「いや、私はまだ彼氏だなんて……仕事を覚えるので精一杯ですし」

「真面目だなあっ」

「そこがいいっ」


 さっきから油断すれば、ムズムズするような持ち上げが入り、落ち着かない。

 新人の私を気遣ってくれているのだろうが、正直私にそういうのは不要だ。人として普通に接してほしい。


(田中さん、助けてっ)


 目で合図を送ってみたが、彼はちびちびと美味しそうにビールを飲んでいるだけ。

 そう言えば田中さんだけは今も昔も、私と同じくこの中では外部の人間だった。彼の隣に行けばよかった。

 マナトさんという共通の話題もあったのに、と後悔する。

 正面の、かなり若く見える男性……木下さんが尋ねてきた。


「あのっ。朝倉さん。質問があるんですけど!」

「なんでしょう」

「イケメンだけど性格に難ありな奴と、ブサメンでも性格がいい奴、どっちが好きですか?」


 彼も恋愛絡みの話題である。

 しかも、なんなの、その二択。意図がよくわからない。


「性格がいい方……?」


 とりあえずそう答えると、「じゃあ、村上さんの方ですね」木下さんはにっこり笑った。


「よっしゃあああ! 木村、お前、先輩思いのいい奴な!」


 何故か村上さんがガッツポーズをしている。

 つまり、村上さんがルックスはいまいちと言われた方なの?


「どうせ俺は顔だけ男ですよ……」


 やさぐれている山田さんが「イケメン」らしいのだが、私にはよくわからない。どちらもそれなりに好青年という印象だ。

 村上さんにしてもルックスをある意味貶されたのに、喜ぶ意味が謎だった。男の人ってわからないなあ。

 私ならこの推し方はむしろ傷つく。

 どちらにしても……。


(このノリ、チャラ男のノリだわ……! 女の人が間近にいると、とりあえず口説く、周りに誰がいても気にしない、このノリ……!)


 私はしばらく会っていない兄を思いだしていた。

 彼は元気なのだろうか。マナトさんのおかげで借金の心配はないのだから、真人間に厚生していてもらいたい。無理かなあ。


「と言うわけで、朝倉さん、今度デートしてくれませんか?」


 黄昏れている私に、村上さんがそんな事を言う。

 ああ、このノリも、覚えがある……なんて思っていたら、背後からゴホゴホと誰かのせき込む音がした。

 振りむくと、廊下を隔てたカウンター席に座っている黒いパーカーを羽織った男性がせき込んでいるのが見えた。

 猫背の後ろ姿がどことなく目立っている気がして、ついしばらく見てしまう。

 その人はむせながら水を飲んでいた。風邪というより、喉に何かが引っ掛かったようなせき込み方だ。


「朝倉さん?」


 名前を呼ばれて、ハッとした。

 村上さんが、酔っているのか目じりを赤く染めて、私を見ている。


「あ、ごめんなさい。何の話でしたっけ」

「ったく、つれないなあ。デートのお誘いですよ」

「ああ、そのことなら、ごめんなさい」

「随分あっさりですねえ」


 後輩君たちも驚いている。


「ええ……こういうノリは兄で知ってますので……」

「ん? 兄?」

「ああ、いえ、さっきもお話したように、今は仕事に全力なんです。ごめんなさい」


 私はにっこり笑ってそう告げる。

 マナトさんに同じ事を言われたら、死ぬほどドキドキした気がするのに……。

 1ミリも気持ちが動かない自分に内心驚く。


「そうですかあ。残念。でも、振り方も素敵です。ファンになっちゃいました」


 元々冗談だったのだろう。

 潮が引くみたいに、口説き攻勢は終了する。


(マナトさんのは……本気っぽく聞こえるから……ドキドキしてしまうんだろうなあ)


 私は枝豆に手を伸ばしながら分析した。

 彼の戯言も、今みたくさらりと流せれば楽になれるのに。

 あ、ダメだ。

 今、彼を思いだした途端、心臓が甘く震えてしまう。

 たった今までびくともしなかったハートが、鼓動を速めていた。


 田中さんがやっとこっちを見た。


「まあ、イケメン対決じゃあ、うちのボスには誰だって敵わないからなあ。そこを基準にするのは野暮だと思うぞ」

「そうでしたね。失礼しました」


 木下さんが首を竦めている。


「確かにあんなイケメンが間近にいたら、他の男なんか虫けらに見えるかもなあ」


 イケメン枠の山田さんがうなだれた。


「そんな事、ないですよ……私、男の人のルックスとか、あまり気にならないほうですし」

「じゃあ、あいつを初めて見た時、なんて思ったんです?」


 田中さんがジト目で追及してくる。

 私の頬は赤らんだ。


「それは……オーラが凄いなあと思いました」

「ほらほら、これだ」


 同期なりのライバル心があるのだろう。

 マナトさんの話題になると田中さんは別人格へと変わってしまう。


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