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第40話 何故ここに

「でも、人間、本当に、見た目だけじゃないと思いますよ?」


 私は人が落ち込んでいると慰めずにはいられない性格だ。

 だからつい、そんな事を言ってしまった。


「さっき、見た目と中身の二択がありましたけど、人柄が一番って言うのは本音ですし」


 田中さんは溜息をつく。


「マナトは人柄もいいんだよなあ。敵だ……」


 山田さんが同情したように、田中さんのコップへビールを注ぐ。


「まあまあ、お前も大変だよな。飲もう!」


 木下さんが、ポン、と手を叩く。


「そう言えば、田中さんって、バランスとれてますよね。社長ほどじゃないけどイケメンだし、性格は面倒見がよくて申し分ないし。朝倉さん、彼氏いないなら、田中さんとくっついたらどうですか!?」


 邪気のない笑顔。

 私は唖然とした。


「何を言ってるんですか。もう。そういう話はやめましょう」


 慌てて止めようとするが、山田さんと村上さんまで、何やら考え込んでいる。


「確かにお似合いかも」

「悔しいけど……」


 もう、本当に、チャラ男のノリにはついていけない!


「田中さん、聞き流しましょう。ごめんなさい。巻き込んじゃって」


 申し訳なく思いながら彼を見ると、妙に瞳がキラキラしていた。


「本当に、お似合いですか? ベストカップル? 朝倉さんと私が?」


 ちょっと待って。この顔。

 なんだかすごく嬉しそうなんですけど!


「ベストカップルとまでは言ってない。己惚れるな」

「でもまあ、似合ってるとは思うよ」

「へえええ。嬉しいなあ。ですって。朝倉さん」


 田中さんはニコニコ笑顔で私を見る。

 なんだ、この展開は。

 山田、村上、木下のトリオと違って、田中さんはチャラ男のノリとはちょっと違うから、反応に困る。

 と、誰かが、すっと私の背後に立ち、頭上から「楽しそうな話をしてるじゃないの。俺も混ぜて」聞きなれた声が降ってきた。

 驚いて振り向くと、想像通りの人が、こめかみをピクピクさせながら立っていた。

 黒いフードというラフな格好……。

 えっ?

 さっき咳き込んでた……あれはマナトさんだったの?


「「「社長!」」」」

「マナト」


 田中さんとチャラ男トリオは声を合わせる。

 トリオは明らかに驚いているが、田中さんはどこか冷静だ。

 位置的にマナトさんの背中は見えていたはずだから、もしかしたらとっくに気がついていたのかも。


「社長!!!」


 遅れてその場にいる全員がマナトさんに気が付き、騒然となる。

 いつもよりうんとカジュアルな格好だが、存在感は変わらず圧倒的だった。


「たまたまカウンターで飲んでてね。邪魔しちゃいけないと思って黙ってたんけど、あんまり楽しそうだから参加していいかな? ごめんね」


 マナトさんは白々しくそう言うと、「ちょっとずれて」と私に耳打ちしてきた。


「あ、はい」


 驚きにまだ心臓をバクバクさせつつも、私は腰を浮かし彼のスペースを作ろうとする。

 ところが、「社長! こっち来てください!」一番端の女性たちが、ウキウキした様子でマナトさんを呼ぶ。


「あ、いや」


 マナトさんはそれでも私の横に座ろうとした。


「朝倉さんとはいつでも一緒にいられるでしょう。せっかくだから、総務の女性たちとも親睦を深めてきては? いい機会ですし」


 田中さんがすまし顔で言う。


「……わかったよ」


 マナトさんは渋々と言った調子で女性陣に向き直る。


「お邪魔します」


 にっこり笑うと、歓声が起きた。

 やっぱり人気があるなあ、と感心している場合ではなく、マナトさんはその張り付いた笑顔のまま、私に向き直った。


「じゃ、後でじっくりと」

「は、はい」


 私は首を竦めながら、(私、浮気なんてしてないよね? セーフよね?)と心の中で呟いていた。


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