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152.炎霊祭祀場にて

 炎熱妖精を討伐したセナは古の大火口を抜け、目的地である炎霊祭祀場に辿り着く。

 そこはこれまで同様広い空間だが、遺跡のような建造物が溶岩湖の上に建てられている。遺跡に続いている道は先ほどまでの橋のような足場ではなく、人工的に造られたと分かる橋だ。

 溶岩湖の中にまで装飾が繋がっているので岩窟の民ドワーフが建築したのだろう。


「――ほう! 岩窟の民ドワーフでもないというのに、此のところまで来るとな! 見所があるぞ!」


 セナたちがその遺跡に立ち入ると、どこからか声がした。しかし姿が見えない。

 警戒するように辺りを見渡すと突然、周囲から炎が巻き上がり青年の姿へと変わっていく。

 それは自信満々に腕を組み、炎で構成された筋骨隆々ながらも細い体でこちらを見下ろしている。


「あなたが、ここに住んでる精霊さんですか?」

「如何にも! 此は鍛冶と炎を司りし精霊! 岩窟の民ドワーフの崇める焔の始祖である!」

「始祖……?」

「うむ! 神々が世界の概念を司るのであれば、此ら精霊が司るはこの世界に於ける現象! 其の権能から発生した意思のようなものと覚えておけ! そして、此は権能より発生した大精霊、始祖の一体である!」


 鍛冶と炎を司る精霊はそう名乗り、顎に手をやると納得するように頷いた。


「ふむ……ふむ……なるほど! 混沌の寵愛厚き者か! その加護の強さ、並大抵の神に仕えてはいまい! 察するに三魔神か!」

「〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟です」

「ほう! その名を耳にするのはいつ振りか! 最後に耳にしたのは…………ふむ、分からん! なにせ外の暦など把握できぬからな! あれから何年経過してるかなぞ此には判断のしようが無い!」


 暑苦しいというか、やたら声が大きいというか。

 鍛冶を司るのだから鍛冶師のような性格だろうと思ってはいたが、これは予想以上にうるさいとセナは感じた。

 レギオンも耳を押さえている。


「しかし、賢愚の民がわざわざ此のもとを訪ねる理由が分からんな! 何用か!」

「選定の剣について訊きたいんです。大地の精霊さんから少し訊きましたけど、詳しいことは知らないそうなので」

「ほう……ほうほうほう! アレについて訪ねるか! 此に! 口に出すのも忌々しいが、いいだろう! 貴様らからは悪意を感じぬからな!」


 一瞬だけ凄まじい嫌悪感を浮かべ、鍛冶と炎の精霊はゆっくりと降りてきた。

 地面に足をつけると、彼は炎故に足音をたてず歩き、ただ一言「ついてこい!」と発した。

 セナたちはその後に続く。


「――まず、アレを鍛造したのは此だ! だが此ではない!」


 岩窟の民ドワーフが彫ったと思われる壁画をなぞり、精霊は矛盾する言葉を喋る。


「此は鍛冶と炎を司る! つまり、それ以外のことはどれだけ単純な物事だろうと出来ぬ! この建物も岩窟の民ドワーフたちがその一生を費やして建造したからな!」


 なぞった場所から炎が広がり、壁画の全体図が浮かび上がった。


「経緯を説明するべきだろう! 此がアレの基になった剣を打った経緯を!」


 ビシッ! と壁画の一つを指差す精霊。

 セナが視線を向けると、そこには邪神と思われる存在に立ち向かう人々の姿が見受けられた。


「この世界は脅威に晒されている! 邪神共だ! 奴らは尖兵を送り込み、眷属と己が神体を用いて侵略してきた!」

「尖兵は斃したことがあります。一応……ですけど」

「ならば話は早い! 奴らの歪さ、不気味さは理解しているだろう!」


 隣の壁画へと移り、精霊は話を続ける。


「邪神は討滅されるか追放されるかしたが、眷属は違う! 神々が直接手を下した神体と違い、眷属共の相手をしたのは主に使徒だ! 一部の眷属は卑怯にも世界そのものを侵食し、自らの存在を刻みつけたのだ!」

「……じゃあ、復活するってことですか?」

「そうだ! 討滅を免れた眷属の中で最も厄介なのが〝魔王〟だろう! 奴は人から変異する邪悪であり、その魂を啜るもの!」


 多くの人が禍々しい存在に捕まっている様子が描かれた壁画を前に、精霊は苦虫を噛み潰したような顔で語った。


「神々は【奪いし者、狂気の遣い、燃ゆる三眼の魔王】とそれを呼んだ! その存在にかつての文明は煮え湯を飲まされた!」


 見たことのある三眼を有した〝魔王〟らしき存在は、壁画だというのに恐怖を訴えてくるほど不気味だった。


「此の仲間もどれだけ消えたか……!」

「……え?」

「〝魔王〟の厄介な特性だ! 奴は! 種族を問わず、人間であれば誰もが〝魔王〟の苗床に成り得てしまうのだ!」


 恐ろしいことに、精霊が語る〝魔王〟とは単一の個体ではなく、人間から発生する概念ということだった。

 斃されても別の人間を依代に復活する不死の怪物。

 人間が存在する限り滅びることの無い、魂を侵食する異物が〝魔王〟であった。


「……もしかして、偉い人も強い人も、〝魔王〟になっちゃったんですか?」

「忌々しいことにその通りだ! 斃しても斃しても次が現れる! 故に、此は求められたのだ! 新たな武器を作ることを!」


 最後の壁画は、炎の精霊が武器を鍛造する過程が描かれている。


「人々が此に求めたのは〝魔王〟を滅する武器! しかし此の力ではそこまでは出来ぬ!」

「大地の精霊さんは犠牲を強いる剣、って言ってました」

「そうだ! だから人々は呪ったのだ! 此が鍛造した武器を、己が命と家族を炉にくべて! 苦しみながら、呪いながら、『〝魔王〟を殺せ! 〝魔王〟を滅ぼせ!』と叫びながら死にゆく様を、今でも此は覚えている!」


 爆発するように炎が膨れ上がり、セナたちを巻き込んで辺り一帯を包み込んだ。

 精霊の激情を反映するように炎は荒々しく燃え盛り、耐火ポーションの効果を貫通してダメージを与えてくる。

 そしてその炎には、当時の様子がありありと映っていた。


「……忌々しいことに、その呪いは剣に宿ってしまった。そしてその呪いは無駄に終わった」


 静かに、激情を堪えながら精霊は云う。


「〝魔王〟はいずれ復活する。ただ周期が延びただけで、また復活する……!」


 また炎が舞い上がる。

 炎の中に映し出された当時の惨状を見て、セナは何も言うことが出来なかった。リアルの自分より酷い環境だからだ。

 さすがに胸が痛む。


「でも、剣は……」

「――折れたのだろう。分かっていた……。分かっていたことなのだ! 泉の精霊が護ろうといずれ朽ち果てる! 討滅できぬ脅威を遺して、剣は朽ち果ててしまうと!」


 結局、選定の剣はその役目を十全に果たすことは無かった。尖兵や他の眷属は斃せても、〝魔王〟だけは最期まで斃すことが出来なかったのだから。

 大地の精霊が泉の精霊を憐れんだのもこれが理由である。

 時代が進むにつれて担い手である勇者が現れなくなり、しまいには剣すら朽ち果ててしまった。


「じゃあ、今の世界に〝魔王〟を斃す手段は……」

「まっこと忌々しいことが、無い! 新たな武器を作らぬ限りはな!」


 そして、今では対症療法も不可能になってしまっている。

 もう一度作ろうにも同じだけの呪いを集めることは出来ないし、そもそも精霊の方が乗り気じゃない。大量の命を捧げて〝魔王〟への特攻能力を付与するなんて所業を赦していないのだから。

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