来たとき同様ダンジョンをワイルドハントで蹂躙し、セナはローグドリーへと帰還した。
逆側からの侵入だったため、ボスモンスターもワイルドハントが食い散らかして取り込んでいる。
「……あ」
エリオ辺境伯から受注したユニーククエストの内容的に、そろそろ報告のためリカッパルーナへ向かうべきだが、セナはゴールドラッシュの報酬を受け取っていないことに気が付いた。
さすがにもう値が付いているだろうと考え冒険者組合に向かうと、ここでは受け取れないため帝都の組合に向かって欲しいと頼まれる。
「なんでここじゃダメなんですか?」
「さすがに、億を超えると輸送の問題もありまして……」
なんでも、ゴールドラッシュは帝都のオークションに出品され競り落とされたそうだが、その金額があまりにも大きく、輸送するには色々と問題があるそうだ。
ちなみに落札した人はとある貴族家の当主で、孫娘が宝石細工を専門とする職人を志したので、将来仕事に困らないようにとプレゼントするつもりらしい。
「こちらが証明書なので……はい、帝都のほうで、ほんと、お願いします……」
「おおー」
受付をしている彼もここまでの大金を扱ったことは無いようで、若干震えながら手形を渡してきた。
額面は手数料を差し引いて計三億八〇〇〇万シルバー。受取人はもちろんセナになっている。
「マスター、これだけあったら美味しいご飯が食べ放題に……」
「使い切っちゃうからダメ」
見たことも無いレベルの大金にレギオンも喜びを隠しきれない様子だ。食べ放題は却下したが、それでもNPCが利用するような高級店に連れて行ってもいいかもしれないなとセナは思った。
「(えぇっと、まずは陸路で帝都に行って……お金を受け取ったら【ルミナストリアの羽根】を使ってリカッパルーナに……?)」
或いは砂漠をスキップするために【ルミナストリアの羽根】で帝都に飛ぶのもいいかもしれない。その場合は陸路でリカッパルーナに向かうか、クールタイムが明けるまで帝都でゆっくりする必要があるが。
「(イベントで頑張ってくれたし、砂漠を歩くのは嫌だし、先に使っちゃお)」
少し考え、セナは【ルミナストリアの羽根】を取り出す。
説明文には同行者も一緒に運んでくれると書いてあるが、念のため自分にくっつくように指示を出した。
「……くっつきすぎ」
「くっついてって言ったのはマスター」
軽く裾を握る程度で良かったのだが、大人レギオンが後ろから覆い被さるようにセナを抱きしめ、少女レギオンが頭をこすりつけるように密着している。
いくらNPCしかいないとはいえ、さすがに人の往来が激しい通りで抱きつかれるのは恥ずかしい。セナは声を掛けられる前に羽根を使用して帝都に転移した。
転移は一瞬で完了し、セナたちは帝都を囲う壁の近くに出現する。そこから列に並んで帝都に入り、三日ほど泊まるための宿をとった。
「あの、これを受け取りたいんですけど……」
仕事帰りらしきNPCの冒険者が多数蠢く夕暮れの冒険者組合。セナは得意の歩法で人混みを掻き分け、暇そうにしている受付嬢に手形を見せる。
「はい、受けと……えと……え、っと、え?」
受付嬢は手形に書かれている金額を見てフリーズした。
様々な理由で冒険者組合が預かっていたお金を引き出す事例はそれなりに多い。若い冒険者のパーティーが貯めた数万シルバーを引き出して豪遊したり、老いた者が引退するからと預けていた貯金を全部引き出したり、突然お金が必要になって引き出しに来たり、とにかく対応自体は何度もしたことがある。
だが、ここまでの大金は見たことが無い。
帝都の冒険者組合専属受付嬢として働いてきた彼女だが、これまで仕事で扱ってきたお金を全て合わせても一〇〇〇万あるかどうか。そこに約四億の出金依頼が来たのだからフリーズしても仕方ない。
それなりに給料をもらっている自覚はある。いや、それなりなんてレベルじゃない。普通の店で働くよりも高給だ。お陰で美容にお金を使えるぐらい裕福だ。
それに彼女自身も貯金している。まだ二十代という若さで貯金が五〇〇万もあるのだから、間違いなく裕福で幸福な人生を送っていると自慢できる。
だから数万しか稼げない新米冒険者の告白なんて袖にするし、成金野郎のお誘いだって無碍に出来る。
そう、調子にだって乗る。現在進行形で成功者の人生を歩んでいるのだから仕方ないだろう。
だから今も、別の街からやってきた神官上がりの冒険者だろうと高をくくってしまった。自分より年下の少女なのだから、引き出せるのもせいぜい数万から十数万ぐらいだろうと。
閑話休題。
「あ……う……ぇ……っ、ぅえの人呼んできますぅ!」
自分ではどう足掻いても対応出来ない。受付嬢としてのプライドとキャリアを秤に掛け、彼女は涙目になりながら上司に泣きつきに行った。
それから少しして、困った様子の男性がやってくる。セナは彼の姿に見覚えがあった。ドレスの受け取りの際に対応してくれた職員だ。
彼は渋いモノクルを身に付けた初老の男性で、白髪交じりの黒髪を撫でつけた格好をしている。
「何かトラブルでも発生したのかと思いましたが……セナ様でしたか。私の後輩が失礼いたしました。お話は伺っております。どうぞこちらへ」
以前にも案内された別室で、セナは椅子に座った。出された紅茶とお茶菓子はレギオンが堪能している。
先ほどの受付嬢も勉強がてら同席させられており、緊張で挙動不審になっているが気にしない。
「――では、冒険者組合が代理出品し落札されたゴールドラッシュの落札金額から手数料を差し引き、計三億八〇〇〇万シルバーのお渡しとなります。ご確認ください」
トレーに乗せられて運ばれてきたのは金貨……ではなく、虹色がかった金属で出来た硬貨だ。一枚で一〇〇〇万シルバーの価値があるとされているミスリル金貨である。
これが三八枚きちんとあることを確認し、セナはインベントリにしまう。所持金が四億を超え五億に近づいたが、思うところは特にない。
「はわわわわわわ……」
ちなみに、今後見る機会が訪れないかもしれない大金が取引される現場を見て、受付嬢は大変パニックになっていた。
受け取った少女が動じていないため余計に。