会場が美麗な音楽で彩られる中、セナは壁の花になっていた。
エルドヴァルツ帝国に於いて、騎士というのは特別な者にのみ与えられる称号であり、貴族位とはまた別の扱い方をされる地位だ。
ロンディニウム卿を例に出すと、下から数える方が早い子爵の、それも一代限りの栄誉子爵という身分であるにも関わらず、蝕騎士という称号が公爵相当の発言力と説得力を担保している。
その騎士が新たに誕生したのだから、このパーティーに参加していた貴族たちが声をかけないわけがない。
最初こそ当たり障りの無い話題ばかりだったため頑張れたが、だんだん婉曲な物言いで言質を取ってやろうという魂胆が透けて見えるようになったため、一回だけ軽く風邪をひかせてやったのだ。
無論、その風邪は感染する恐れのないぐらい軽微なものだったが、機嫌を損ねたことは理解したようで、今では誰も話しかけようとしていない。
ちなみにレギオンはシャドーボクシングで威圧しているし、ナーイアスも近寄ろうとする人物(主に異性)を牽制している。
「大変でしたね」
「あ、メルジーナさん……」
「私も叙勲されたばかりの頃、同じような目に遭いました。どれだけ懲らしめても世代が変われば馬鹿は現れるものです。先ほどのように適当にあしらって大丈夫ですよ」
そんな中、数名ほど体調を崩して退席した会場を見渡し、メルジーナはセナの行為を肯定した。
「……それに、過去には退席程度じゃ済まないことをしでかした騎士もいますので」
「そんな人がいるんですか?」
「ええ、ルニェ゠ルゥルイという騎士がやりました。だいたい五年ほど前でしょうか、執拗に迫ってきた伯爵――今は爵位を失っているので元伯爵ですね――の記憶を全部消して幼児退行させたあげく、火を付けた酒を浴びせてバルコニーから突き落としたんですよ」
「…………」
どうやら、先日出会ったあの不気味な女は、セナですらドン引きする行為をやってのけたらしい。
騎士どうこうの以前に人としてアウトな行為だが、メルジーナが詳しく話を聞いた結果、伯爵側が悪いという結論になり罪には問われなかったそうだ。元伯爵がギリギリ一命を取り留めたのも理由の一つだそうだが……。
「そもそも、帝国に於いて騎士は万夫不当の英雄を指す言葉であって、その人の身分を指す言葉ではありませんから。奇行の一つや二つ、今更です」
「メルジーナさんも騎士じゃないですか」
「ええ、ですから私も普通には当て嵌まりませんよ」
微笑を浮かべ、メルジーナは空になったグラスを通りかかったボーイに渡し、新しいグラスにお酒を注ぐ。
その所作はとても貴族らしく、騎士とは思えない。
「――さて、そろそろお開きになる時間ですね」
「もうですか?」
「騎士のお披露目は終わりましたからね。夜会もありますけど、そちらは貴族同士のお話がメインですから」
パーティーはおよそ三時間ほどでお開きになった。
途中からメルジーナが盾になってくれたのもあり、セナは無事に会場を後にすることが出来た。
というのも、騎士の叙勲式を兼ねたパーティーが終わった後に、騎士を舐め腐った若手の貴族が喧嘩を売ってくることがあるらしい。もちろん騎士であれば返り討ちにするのは容易いのだが、大抵あとから難癖を付けてくるので面倒極まりないそうだ。
「もぐもぐ……」
「そんなに美味しかった?」
「んぐ……冷めてるけど、レギオンは満足。とても美味しい」
会場からの帰り道、レギオンは持ち帰った料理をずっと食べていた。パーティー中もさりげなく影を使い料理を取り分けて食べていたが、勿体ないからと残った料理を全てテイクアウトしている。
余談だが、城の料理人たちは美味しく平らげてくれたことに感謝したらしい。
「さて、と……。そろそろ目指さないとね」
自分に与えられた一室でいつもの装備に戻したセナは、インベントリから地図と古びた手帳を取り出す。
地図はこの大陸の全体図が分かるようになっているものと、帝国内部の地理が描かれたものの二つだ。どちらもかなりの値段がしたが、今のセナなら容易く支払える代物だ。
古びた手記は、イベントフィールドであよんから貰ったものであり、実際に魔大陸に辿り着いた冒険家が残した手記である。
ただ、当時と今では名称が異なる地域があるため、場所を確定するのに時間が掛かるだろう。
「主様、これはなんでしょうか?」
「魔大陸に行った人が残した手記だよ。わたしは魔大陸に行きたいから、こうやって行き方を調べているの」
手記に記載されている情報と地図を照らし合わせ、セナはこの大陸の東に魔大陸への道があることを突き止めた。あとはそこまでの順路さえ分かれば……といった段階である。
「魔大陸……? 此の知らない大陸ですね」
「そうなの?」
「此が覚えている限りでは、この世界に大陸は五つだけです。ですが、その中に魔大陸なんてものはありませんよ」
「じゃあ、こっち側にある大陸はなんて呼ばれていたの?」
海を隔てた東側を示し、セナはナーイアスに問う。
すると、ナーイアスは少し考えてからこう答えた。
「――