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163.魔大陸への旅の始まり

 一体どういうことだ……? と、セナは疑問に思った。

 手記によれば、魔大陸はこの大陸の東にあるはずである。大陸東の大渓谷の底から魔界へ赴き、苦難や困難を乗り越え辿り着いた地上が魔大陸だった、と記載されているからだ。


 しかしセナは、ふとエリオ辺境伯から報酬として貰ったスクロールを思い出す。あれは往来が可能な転移魔法が使えるスクロールだったはずだ。

 もしや、この手記を残した冒険家は、知らず知らずのうちに転移していたのではないか? そうだとすれば、東に大陸は無いというナーイアスの言葉とも矛盾しない。


「ねえナーイアス。魔界はどう?」

「それならば此も知っております。太陽の届かぬ異界とされている土地でしょう?」


 具体的な場所までは知らないそうだが、魔界についてはちゃんと知っていた。彼女は通常の手段で魔界に向かうことは出来ないと語る。


「魔界は尋常ならざる生物が隔離された土地です。容易に行き来できぬよう、神々が繋がっていた地脈を途切れさせました」

「でも、実際に魔界に行った人はいるんだよね?」

「はい。転移魔法を用いれば往来が可能です。此とかつての〝勇者〟も、邪神の尖兵を討滅するために魔界に赴きましたから」


 それを聞いてセナはほっとした。

 魔界は魔大陸の地下であると、以前マクスウェルから教えてもらったことがある。ならば、魔界にさえ到達できれば魔大陸に着いたも同然だ。


「……ただ、此が使った道はこの地図にはありませんね」


 だがしかし、今度は溜息をつかされる。ナーイアスがかつて使った道の場所として示したのは海の中だったからだ。

 地殻変動かなにかは分からないそうだが、海底に沈んでしまった道を使うことは出来ない。海の中は地上とは比べものにならないほど強力なモンスターの生息地であり、陸上生物が生きていける環境ではないからだ。


 セナたちがたとえ全盛期のナーイアスぐらい強くても逃げるのが精一杯。海上ならともかく、海中で人間が生き残ることは出来ない。ナーイアスはそう断言した。


「だから、此の把握していない道を探すしかありませんよ」

「うへぇ……」


 結局は自分で探すしかないらしい。地道な探索だ。

 マクスウェルの店はアイテムを買ったりするために何度か訪れているが、魔大陸関係の話になると毎回はぐらかされるし、ヴィルヘルミナも彼女の意向を汲んでいるためか教えてくれない。


「……でも、とりあえず東には行こうかな。地名が違うだけで道自体は残ってるかもしれないし」


 最悪、空振りに終わっても【ルミナストリアの羽根】で帝都まで戻ってくればいい。


「ルートは、北回りがいいかな」

「いえ、ここは一旦南下したほうがいいですよ。この辺りは此のような泉の精霊の縄張りですので、休息が取れるはずです」


 ナーイアスの提案を織り交ぜつつ、セナは大陸東へのルートを策定した。

 途中までは幾つかの街を経由するが、以降は未開拓領域を進むルートである。中立国に立ち寄らないのはレベリングのためだ。


 途中で数カ所、泉の精霊がいる土地で休息を取りつつ魔界や魔大陸についても情報を集める予定だ。

 泉の精霊は各地に存在しているため、そこでナーイアスが失ってしまった分の力を少しだけ分けて貰おうという魂胆もある。


「(うん、一ヶ月ぐらい掛かりそうだけどこのルートで行こう)」


 セナはUIからマップを開き、今しがた策定したルートを登録した。

 そして後ろを振り返る。


「――レギオンはいつまで食べてるの?」

「食べ終わるまで」

「レギオン成長期。たくさん食べる」


 食べても一向に減らない山盛りの料理を、レギオンは言い訳しながら小さな口に詰め込んでいた。

 影で捕食せず人間体でのみ食事をしているのは味わって食べているからだろう。タダで貰った食べ物だから食い意地を張っているのかもしれない。

 小さなレギオンらまで動員しているから、早く片付けようとしているのはセナにも分かる。


「此が言うのも何ですが、自由ですね」

「……うん」


 セナにとってレギオンは大事な友達なので、兎たちのように道具のような扱いはしないし、したくないと考えている。それはそれとして本人が同意しているので自爆はさせるが。


「出掛けるから早くしてね」

「…………レギオン、仕方ない。諦めよう」


 顔を見合わせたレギオンは影を広げ、残っていた料理を平らげた。さすがにセナを困らせたくはないのだろう。

 大人レギオンはいつものようにセナの背後に立ち、少女レギオンは横に立ってむふんと胸を張った。


「あ、これ片付けておいてください」


 部屋の外で待機していた侍女に食器類を片付けるように頼んで、セナはマクスウェルの魔法店に向かう。

 これから魔大陸を目指して旅に出ることと、ついでにラーネのための肥料や今後必要になりそうなアイテムを購入するためだ。


「――ほウ、もうこっちに来る準備をしてるのカ。思ってたより早いナ。オレの予想じゃあと半年は先かと思ってたんだガ……それにしても、精霊まで従魔にするとはナ」


 相変わらず人形の体で接客しているマクスウェルは、どこか楽しそうな雰囲気でそう言った。

 アグレイア七賢人からしても従魔になった精霊は珍しいようで、ナーイアスに色々な質問をしている。


「――ほうほウ、やっぱ精霊は概念が存在の根底なんだナ。力が大きい精霊ほど土地に縛られるとは聞いていたガ、その仮説は正しいみたいダ」

「この場にすらいないというのに、よく此のことが分かりましたね」

「そりゃア、憑依してる人形はオレの手作りだからナ。遠くからでもよく見えるゼ」


 専門的な話をし始めたので会話に混ざれなくなったセナは、商品を物色し始めた。

 相変わらず魔法の力が込められたマジックアイテムが並んでいるし、スペルブックやスクロールも取り揃えてある。ポーションだって高品質だし、素材も適切な処理をした状態で陳列されていた。


 そんな商品の中で、セナはあるマジックアイテムを手に取る。投げ縄のような道具だ。

 見た目は完全に麻の縄なのだが、引っ張るとゴムみたいに伸びるのだ。どのくらい伸びるか分からないが、伸ばさない状態でもそれなりに長さがあるので、待ち伏せるタイプの罠に使いやすい。

 拠点防衛用として購入してもいいかもしれない。


「おっト、それを買うのカ。代金は一つ二〇万シルバー、一〇個で二〇〇万シルバーだナ」


 今となっては端金だ。所持金が五億近くあるのだから。他にも使えそうなものを購入すると、合計で五〇〇万シルバーほどの出費となった。


「じゃあ、魔大陸まで行きますね」

「おウ。期待して待ってるゼ」


 ぴったり支払ったセナは日常会話のようにさらっと宣言し、マクスウェルもまた当然のように受け止める。

 人形越しとはいえ何度も会っていれば互いの理解度も深まるというもの。マクスウェルはセナの宣言が本気だと理解しているし、セナはマクスウェルが本当に期待していると分かる。

 ここから魔大陸への旅が始まるのだ。

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