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165.地竜種(亜種)との遭遇

 それは、事故と呼ぶ方が適切だった。だが、たしかに事件ではある。


「いくらなんでも、やっていいことと悪いことがあるだろうがッ!」

「貴族の俺が庶民のテメェを助けるわけねぇだろ! そこで大人しくモンスターの餌にでもなるんだな!」

「ふざけろ……っ、クソがあッ!」


 セナたちはショートカットのため街道を逸れて移動していた。この辺りはヒュドラ大連峰が近いため、凸凹とした不整地の岩場が多い。しかも崩れやすいので足場をよく見ないと滑落する危険性もある。

 そんな折、前方から叫ぶような声が聞こえたから様子を見てみると、二人の少年が言い争っていたのだ。


 どちらも軽装だが、片方はボロで片方は新品。しかも怪我を負っているのか、ボロを着ている少年は足をもつれさせて倒れてしまっている。

 様子を見るに、どうやら貴族を自称する方がもう一人を嵌めて逃げようとしているようだ。


「ドラゴン……?」

「亜竜ですね。翼が無いので地竜種でしょう」


 そんな二人を襲っているのは、トカゲを大きくして太らせたような見た目のモンスターだ。茶色の鱗が刺々しい。

 セナはとりあえず矢を射った。一射目は右目に深々と突き刺さり、二射目は開いた口に飛び込み舌と下顎を縫い付ける。


 だが、亜竜とはいえドラゴンはさすがにタフで、クリティカルなダメージを受けても動きが鈍らない。

 目の前の獲物を無視し、横やりを加えてきた邪魔者に怒りを向ける亜竜。


「レギオン」


 向かってくる亜竜に対し、レギオンは影を大きく拡げて【寒鋼】を乗せた槍を勢いよく突き出した。

 セナが三射目を放つ必要は無い。全身を串刺しにすれば、亜竜程度容易く屠れるのだから。


「……た、助かった……のか?」


 倒れていた少年は上体を起こし、不思議そうに辺りを見渡す。


「むふん、マスターに感謝するべき」

「ナイフが刺さってますね。《オールヒール》」


 太股に突き刺さっていたナイフを外し、ナーイアスは彼の傷を癒した。ナイフを突き刺した下手人は逃げていったもう一人の少年だろう。


「クソッ、こんな依頼に駆り出されただけでも不運なのに、生き餌扱いだなんてふざけんなよな……!」

「依頼……? 何かあったの?」

「あ、ああ……最近ドラゴンの活動範囲が広がったみたいで色々荒れてるんだ。それの調査に新人まで駆り出されてるんだよ」


 話を聞くと、どうやらこの辺りに限らずヒュドラ大連峰を中心に異変が起きてるらしい。先ほどの亜竜も、本来の生息域はもっと山に近いはずだそうだ。


「でも、森の外だから安全だと思ってたんだけどな……。帰ったら覚えてろよアイツ」


 憎々しげに吐き捨て、少年は立ち上がる。

 逃げていった少年の姿はもう見当たらない。


「助かったよ。俺とあんま変わらないのに、強いんだなあんたら」

「当然。マスターはすごい強い」

「ららら~♪」


 なぜかセナの代わりに胸を張るレギオンと、賛同するように声を上げるラーネ。

 セナは「あはは……」と答えを濁し、岩場の向こうに目線をやった。これまでのルートが間違っていなければ、リマルタウリはあちらの方角にあるはずだ。


「なあ、リマルタウリに用があるんだろ? 一人じゃ調査なんてやれないし、街まで案内するよ。助けてくれた礼もしたいし」

「別に、たまたま居合わせただけなんだけど」

「でも助かったのは事実だ。父ちゃんにも、助けられたら礼をしろって言われてるし、俺の気が済まないんだ」


 と言うことで、セナたちは少年に案内されて歩みを再開する。

 リマルタウリに到着するまでの道中、少年はオルガと名乗り、アイアンⅡになったばかりだと語った。得意な武器は片手で扱える槌だそうだが、さっきの地竜亜種に襲われたときに壊れてしまったらしい。


 セナが名乗り返すと、オルガはそのランクに驚きつつも納得した。ゴールドランクの一歩手前であるシルバーⅢだが、アイアンの彼からすれば夢のようなランクらしい。


「おまえ、オルガか? さっき通ったやつが死んだって」

「法螺だよ法螺! あいつ、俺を見捨てて逃げやがったんだよ! しかもナイフで刺してきやがって」


 門番をしていた兵士とオルガは顔見知りらしく、五体満足で帰ってきた姿を見て驚いていた。


「――ところで、そっちのお嬢さんたちは?」

「俺を助けてくれた冒険者だよ。シルバーⅢなんだってさ」

「そうか……ありがとう、俺からも礼を言わせてくれ」

「あ、いえ、どうも」


 頭を下げられ、セナはむず痒い感覚に襲われる。そう言えば、今まで直接的な人助けはしていなかったな……と思い出し余計に。


「あー、とりあえず入っていいか? 依頼の報告もしなきゃだし」

「そうだな。こっちも上に報告するが、組合にもちゃんと言うんだぞ」

「分かってるよ!」


 セナたちとオルガは街の中に入り、冒険者組合に向かう。

 異変が起きている影響か、これまでの街ではよく見掛けた冒険者らしい風貌のNPCが殆どいない。調査のために出払っているのだろう。

 冒険者組合もがらんとしており、受付嬢を含む職員たちは慌ただしくしている。


 オルガが報告のために窓口に行くと、こちらも死んだことにされていたらしく驚かれていた。

 そしてやはり、偶然通りがかったシルバーⅢの冒険者に助けられたという話になり、セナはまたもや礼を言われる。

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