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167.異変の調査

 騒動は結局、オルガへ賠償金を支払うということで決着がついた。ヒューゴによって命の危険に晒されたのは彼だけだし、セナは直接危害を加えられたわけじゃない。

 ただ、去り際にレギオンが勢いよく蹴りを加えていたので、少なくとも骨は折れているだろう。セナの溜飲はそれで下がった。


 翌日、リマルタウリで最もグレードの高い宿の一室で目を覚ましたセナは、早速街を出て調査を始めることにした。

 異変が起きているヒュドラ大連峰のある南側には高低差の激しい岩場と森、東西は多少凸凹している草原、北側も同じく平原だがしばらく進むと海に出るらしい。セナが向かうのは当然南側だ。


「思ってたより足場が悪いね。隙間も多いし、小さい亜竜なら隠れられそう」

「レギオンが確認するね」


 影を四方八方に拡げつつ、レギオンは遭遇した獲物を呑み込む。丸呑みにすると、完全遺骸ほどではないがドロップ品を食べるより効率がいいのだ。

 もちろん、経験値はセナや他の従魔にも入る。何気に兎たちのレベルが高いのはこれが理由だ。


「……ん、いたけど弱い」

「亜竜未満ですね。成る前の状態でしょう」


 一応、調査という名目なので何体かは生け捕りにしている。それを知識が豊富なナーイアスが分析し、セナがメモする。

 組合の情報によると、この辺りのモンスターは岩石系のトカゲやゴーレムだったはずなので、この個体は異変によって進化し始めたのだと推測できる。


「(デミドラグ・リザード……か。見つけた亜竜は全部デミドラグって付いてたし、これが外れてると純竜って扱いなのかな)」


 先日斃した個体のような亜竜は見つからず、数日が過ぎる。

 ドロップ品の一部は組合に提出しているので調査は進んでいるはずだが、目に見えた変化は起こっていない。無論、何も起きないがNPCたちにとって一番なのだが。


 そんな折、セナは岩場を挟んだ向こう側――ヒュドラ大連峰の麓から続く森へとやって来た。

 目的は強そうな亜竜の捜索と、討伐である。


「予想していたけど、歩きづらいね。わたしは慣れてるから大丈夫だけど」


 ジジの特訓のお陰で森林地帯での活動は慣れているセナ。得意の歩法を応用すればスムーズに移動できるのだ。

 レギオンも影を使って移動できるので躓くことは無いし、浮遊しているナーイアスには関係ない事柄だ。


「っと、《プレイグオーラ》使っててよかった」


 森の中で遭遇するモンスターは虫系や植物系ばかりで、獣系のモンスターは三割といったところか。特に虫系はサイズが小さいので奇襲されやすく、獣のような殺気が薄いため警戒するのが難しい。


 なのでセナは、その対策として《プレイグオーラ》を常時発動していた。虫に対して特に劇的な効果をもたらす病を選択しているので、セナに近づくだけで死に至る。

 詳細を語ると、五メートル以内に入るだけで神経が麻痺し、筋肉が溶け、細胞が徐々に腐っていく虫特攻の病だ。虫以外には精々、四肢が麻痺する程度の効果しか発揮しない。


「主様はなんというか、無慈悲ですね」

「……そう?」

「ええ。モンスターの方から襲ってくるとはいえ、近づくだけで無差別に殺されるのですから。此が未契約の精霊でしたら、視界に入った瞬間逃げますよ」


 ナーイアスは呆れたように語る。

 どの程度の規模で感染するか、何に対して感染するか、どれくらいで死滅するか。今は虫に対して極めて高い致死性を持たせるため改造されているが、その気になれば種族関係無く無差別に感染し死に至らしめる疫病すら作れるのだ。


 【疫病の加護】があるのでセナ本人には一切害を及ぼさないし、従魔たちは感染の対象外に設定しているので問題無いが。

 本来ならデメリットでしかない能力を、三魔神が一柱〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟の加護によって強化されたうえでデメリットが打ち消されている。それが他者の目にはどれほどの脅威に映るのか。


「――マスター、何か来る!」

「これは……!」


 生息しているモンスターを確認しつつ進んでいると、レギオンが声を荒げて身構えた。ナーイアスもほぼ同時に身構え、上空を見る。

 釣られて空を仰ぐと、大きな影が視界に入った。銀色の鱗を持つ巨大な生物の影だ。


「ドラゴン……」

「亜竜でも下級のワイバーンでもありません。正真正銘、上位の純竜です。それも、気位の高い天竜種ですね」


 木々を押し倒し目の前に降り立ったドラゴンは、鋭い瞳でセナたちを睥睨する。

 敵意は感じないが、肌を刺されるような威圧感のせいで鳥肌が立つ。

 しかも、名持ちだ。セナの目には、このドラゴンの頭上に【天撃のヴェルドラド】という名前が映っている。ヒュドラ大連峰に生息するドラゴンの中でも最上位に君臨するユニークモンスターの証だ。


『……ふん。名を名乗れ、混沌の寵愛を受けし人の子よ』

「…………セナです」


 射殺すような威圧感を発しながら、【天撃のヴェルドラド】は言の葉を告げた。音として耳に届いたのは低い唸り声だったので、念話の類だろう。

 まさか人語を解するとは思っていなかったので、セナはおっかなびっくり名を告げた。

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