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168.天撃のヴェルドラド

『セナ……聞き覚えのない名だ。何用で我が領域に立ち入る』


 尊大な態度で問われ、セナは正直に異変のことを話す。亜竜の生息地が拡大していることや、それに伴って元々いたモンスターも亜竜へ進化し始めていること。そして、今はその調査のため活動していること。

 それを聞いた【天撃のヴェルドラド】は、嘲るように鼻で笑った。


『たかが亜竜で大騒ぎか。そんなもの駆除すればいいだけだろう』

「……竜よ、それが出来れば苦労しないのですよ」

『勘違いするなよ精霊。人の事情なんぞどうでもいい。こうして対話してやってるだけ寛大と思え』


 その様はまさに暴君。天上天下唯我独尊を地で行くような態度だ。


『……だが、今回は貴様の顔を立ててやる。我が領域に立ち入る栄誉を許そう』

「襲われた場合は」

『好きにしろ。勝者が全てだ。無論、我に挑むというのならその魂ごと無に帰してやるがな』


 バサリ、と力強く翼をはためかせ【天撃のヴェルドラド】は去って行く。同時に、威圧感も薄くなったお陰で、セナはようやく肩の力を抜くことが出来た。


「……ナーイアス。天竜種って、どのくらい強いの……?」

「天竜種が、というより、上位の純竜が強いのです。今のは恐らく、王の座に就いた個体でしょう」


 ナーイアスはヒュドラ大連峰に生息するドラゴンの階級について語る。


「此も詳しくは知りませんが、あの山々には複数の王がいます。一つの山を縄張りにする個体もいれば、複数の山を支配下に置いた個体もいるでしょう。ただし、いずれも王の名に恥じない力を有しています。尖兵にも……いえ、眷属を相手に戦えるぐらいの力量はあると覚悟するべきです」


 ドラゴンは縄張りの外にはあまり出たがらないが、ナーイアスの知る限り二度、ドラゴンが自ら山を下りる事件があったそうだ。

 どちらもアグレイアが建国されるより遥か昔の出来事だ。一度目は神々と邪神の戦いが激化していた時代に、二度目は人間が邪神の脅威を忘れ始めた時代に。


「此は〝勇者〟の供をしていたため、一度目の方しか見ていませんが……一歩踏み出すだけで大地が揺れ、呼吸一つで空が荒れ狂う様相は、まさに天災です」


 これを聞いてセナは、武器を構えなくてよかったと心の底から思った。間違いなく戦いにならない。

 今のセナは神威を扱えるが、まだレベル100を少し越えた程度。天変地異に等しい存在を相手に、自信満々に戦えるなんて口が裂けても言えない。

 ……まあ、自分がデスペナルティに陥ることを前提にすれば、一矢報いる程度は可能だろうが。


 ♢


 ヒュドラ大連峰の上空で、【天撃のヴェルドラド】は地上を観察する。

 先ほどは珍しい存在がいたため、確認ついでに釘を刺すため地上に降りたが、常ならばもう少し踏み込むまで待ってから《天撃》で仕留めていた。

 そういなかったのは偏に、彼女が三魔神の一角から寵愛を受けた存在であり、その側に精霊がいたからである。


 かつて邪神がこの世界に侵攻してきた際、ヴェルドラドは名を持たぬ下級の純竜だった。

 王の命令で他のドラゴンと共に山を下り戦いに加わったが、ヴェルドラドは何も出来ずに倒れてしまった。同じ山で育った仲間は斃れ、自身も満身創痍。


 そんな折に出会ったのが〝勇者〟と、彼が率いるパーティーだった。気まぐれか、それとも情けか。彼らはヴェルドラドを癒すとドラゴンが山を下りた理由を尋ね、原因となった邪神を討滅するべく力を貸すと宣言したのだ。


 詳細は省くが、〝勇者〟パーティーは見事邪神の眷属を討滅し、更には邪神に痛打を与えることに成功した。

 彼らの偉業は山に篭もっているドラゴンたちの耳にまで届き、ヴェルドラドは彼らの宣言が虚言ではなかったと確信し、己の未熟さを嘆いた。


『……懐かしい、気配だった』


 その〝勇者〟パーティーの一人、狩人のような格好をした女が纏っていた雰囲気と、先ほど見掛けた人の子の雰囲気はとても似ている。あの神の寵愛だけは、間違えるはずがない。

 【天撃のヴェルドラド】と成る前に出会った人間たち。その一人が〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟の使徒であったのだから。


 彼らに返せなかった恩がある。だが、今のヴェルドラドは王であり、体面というものがある。人の子の手助けをしようとすれば反発を招きかねない。

 だから、遠回しな方法でしか恩を返せなかった。


『亜竜、か。我の山でない以上、手出しが出来ぬ。だが、あの邪悪な気配は必ず気付くはずだ。己を討ち滅ぼした神の残滓に気付かぬはずがない』


 同時に厄介ごとも押し付けてしまうが、些細なことだ。

 【天撃のヴェルドラド】は思う。あの女神の寵愛を受けているのなら、きっと使徒として天に召し上げられたあの狩人とも出会っているはずだと。そして、出会っているのなら手ほどきも受けているに違いない、と。


『我ながら厄介な身になってしまった。愚痴も空でしか吐けぬ。さて、そろそろ戻らねばどやされてしまうな……』


 己が支配する山で暮らす妻と子の顔を脳裏に浮かべ、ゆっくりと下降し始めるヴェルドラド。

 この辺りの山はヴェルドラドの支配領域だが、北側の山は血気盛んで野心に溢れる若者に解放している。このヒュドラ大連峰で起きている異変に巻き込まれる前に、そちらにも釘を刺しておくべきだろう。

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