【天撃のヴェルドラド】との邂逅の後、セナは数日ほど森の中で過ごした。
その結果、亜竜は主にヒュドラ大連峰の南側から大挙して移動していることが判明した。この大移動に押される形で亜竜の生息地が変わり、触発されるようにモンスターも進化したのだろう。
「……でも、何かおかしいんだよね」
整理のため口に出したが、セナはどこかおかしいと感じる。
亜竜とはいえ、ドラゴンであることに間違いはないのだ。それが、大挙として移動する理由が分からない。
つまりはこれが異変であり、その原因をどうにかしなければ解決しないということだ。
「そうですね……。此もおかしいと思います」
「レギオン分かる?」
「レギオン分からない」
それぞれの知識をすり合わせても、ドラゴンが生息地を変える理由は思いつかない。
「もう少し奥に行った方がいいのかな……?」
「でもマスター、奥はもっと強いドラゴンがたくさんいるよ」
今セナたちがいるのは森の中で、あと数百メートルほど進めば山の麓に辿り着くだろう。
だが、そこは純竜の縄張り。ヴェルドラドが許可を出したとはいえ、襲われない保証はない。むしろ侵入者として襲われる可能性のほうが高い。
純竜にとって亜竜は獲物。普通に考えれば、その純竜の縄張りに立ち入る必要は無いのだが……亜竜の生息地を調査するだけでは異変の元凶は突き止められないと、セナとナーイアスは結論を出した。
「どうして?」
「ら~?」
その結論に、レギオンとラーネは首を傾げる。
「多分だけど、異変の元凶に純竜と亜竜は何も関係無いんだと思う。ヴェルドラドのあの言い方だと、自分たちとは関係のない理由で大騒ぎしてるって捉えられるから」
「それに加え、あの場に降り立った時点で何かを警戒していたと考えられます。此が思うに、純竜の群れを危機に晒しかねない脅威があったのではないか、と」
「あとは縄張りの問題だよね」
「はい。王の座に就く個体は複数いますので、自分の縄張りでないから手を出せない、と考えるのが自然ではないでしょうか」
セナとナーイアスは結論に至った理由を話した。
二人の話を纏めると、ヴェルドラドは自身の縄張りの外で異変が起きていることを察知し、自ら空を飛び回ることで警戒していた。なぜ自分たちにあのような言い回しをしたのかは分からないが、異変の元凶が純竜に無いことを遠回しに伝え、更には縄張りに踏み入る許可まで与えた。
推測も混じっているが、ヴェルドラドは自分たちの縄張りが脅威に曝される前に異変を解決したがっている。そう考えたのだ。
ここまで語られて理解できぬレギオンでは無い。
色々複雑な理由があるけど、とにかくマスターが頼られている。そう認識したのだ。
ならば、レギオンはその力となるだけである。
「……行こう。襲われるとしても、下級……なんだよね?」
「恐らくは、ですけど。此の記憶が正しければ、力の弱い個体が麓に生息していたはずなので」
返り討ちにする許可はすでにある。純竜の王であるヴェルドラドが『勝者が全て』と言ったのだから。
とはいえ、ナーイアスがあまり積極的に斃しにいくべきでは無いと諫めたので、専守防衛に務めることになるが。
そうしてしばらく探索していると、森を抜け岩石地帯に出た。
疎らに木々が生えている岩場だ。ほんの僅かに角度がついているため、ここからがヒュドラ大連峰なのだろう。
地面では無く周囲に意識を向ければ、敵意や殺意を感じられる。
「(亜竜じゃない。一体一体がすごく強い。……でも、斃せないレベルの個体はいなさそう)」
感覚に依るが、恐らくレベル80からレベル90ぐらいだろうと、セナは考えた。
レベル100以上の個体は、もう少し標高の高い場所に生息しているのだろうか。
「主様っ!」
「うん。――狩り殺すよ」
そして当然だが、縄張りに侵入してきた人間を見逃すほど、純竜たちは優しくない。
大地を蹴り、その強靭な鋭角で貫こうとした突進を躱し、セナは弓を構える。番えた矢の名称は『エンシェントフレア』……セナが自ら作成した魔法の矢である。
「レギオン、足止めお願い」
「任せて」
反動を最小限とするため、弦を引き絞り、狙いを定め、指を離すまでの動作を一秒未満で終わらせる。
レギオンの影に足を取られた隙に放たれた矢は、的確に眼孔を抉り、内部から脳を燃やし尽くした。純竜といえど、脳が損傷すれば死に至る。
「――《クリティカルダガー》!」
そして、成果を確認する暇も無く次の攻撃に移るセナ。
同胞の死をものともせず、背後から襲い掛かってきた純竜に対処しなければならないからだ。
「《オールヒール》。主様、彼らは此が思っていた以上に好戦的なようです」
「見れば分かるよ。とりあえず、襲ってくるのは全部斃すからね」
疫病の珠を薬指と小指で器用に掴み、眼前の個体に短剣を振るいながら別の個体へと投擲する。
選択した病には竜特攻を与えているが、感染率が低くなりやすい即死よりも、確実に感染する麻痺を主な効果とした。
「(視界内に三体、視界外はたぶん五体。これ以上増えるようなら、神威も使うべきかな)」
一体どこに潜んでるのか、斃しても斃しても補充されていく。
レベリングとしてはとても最適な状態だが、さすがに何時間も続くのは勘弁して欲しい。そう思うセナであった。