純竜の討伐数が一〇〇を越えた頃。ようやく実力が認められたのか、挑むだけ無駄だと悟られたのか、麓にいた純竜からは襲われなくなった。
たまに迷い込む亜竜は襲ってくるし、上から降りてくる純竜には相変わらず襲撃されるが。
「――結局、神威を使わなくてもなんとかなったね」
溜息をつき、セナはレギオンにもたれかかる。
今は木の下にあった小さな空洞で身を休めているのだ。外から視認しづらく、襲われても影が多いので反撃しやすい。
元々いた純竜は可哀想ではあるが、セナたちの安全のため斃れてもらった。
レベル的には格下とはいえ、純竜との激戦はとてもいい糧になっている。セナのレベルは140にまで上昇し、レギオンもついにレベル100を突破した。
下級ばかりだったのでドロップ品はそこそこ止まりだが、幾つか毒薬の調合に使えそうなものもあるので満足のいく成果である。
「さすがに主様の実力を理解した頃でしょうが……騒がしいですね」
諸々の確認を終えると、確かに外が騒がしい。
セナを襲っていたときも十分騒がしかったが、これはどちらかというとパニックに近い騒がしさだ。
「レギオン」
「うん」
影を延ばして外の様子を確認するレギオン。その視界を共有することで、セナも外の様子を確認する。
純竜が騒いでいる理由を探そうと辺りを見渡していると、一体の亜竜が視界に映った。
「(名前はデミドラグ――じゃない!?)」
見た目はこれまで討伐してきた亜竜とよく似ている。けれど、モンスターとしての名前が、亜竜ではないと結論づけていた。
「ナーイアス」
「此の知らない状態ですね。ですが、あれが異変に関係しているのは間違いないでしょう」
ずるり、ずるり、と歩を歩めるそのドラゴンは、よく見れば鱗の隙間からヘドロのような禍々しい粘液を垂らしている。
目も虚ろで、正気とは思えない状態だ。そして、そのドラゴンの足下には、口から泡を吹いて倒れている純竜の姿がある。
倒れた純竜はやがて、痙攣するように手足や翼をばたつかせると、
『――《天撃》』
どう見ても普通じゃない。そう考え身を乗り出した矢先、天より力の奔流が降り注ぐ。
それに最も近しいのは、ダウンバースト現象だろう。違う点を挙げるとすれば、範囲内を蹂躙するようにエネルギーが収束していることだろうか。
数秒で
『何をしている、人の子。我は、異変の調査をする許可を出したのであって、我が領域で呆ける許可を出した覚えはない』
重く、威圧感のある物言いで、セナは目的を思い出す。
そうだ、自分は異変の調査のために来ているのだと。
「……レギオン、アレがどこから来たのか追跡して」
「ん、任せて。レギオンが必ず突き止める」
異変の元凶に繋がる手がかりがあるのだ。そこから遡っていけば、きっと元凶に辿り着くだろう。
大空を我が物顔で旋回する【天撃のヴェルドラド】には目もくれず、セナは南西へと駆けだした。きっと縄張りに入り込んだ
「ナーイアス、さっきの亜竜は普通の進化じゃないよね」
「はい。ですが、封印を免れた尖兵や眷属がいないのに、なぜあのような歪な進化を遂げたのか、此には分かりません」
「それは多分、っ!」
岩場を抜け、森を駆け、邪悪な気配を辿って奥へ奥へと走ったセナだが、
邪悪なブレスを回避し、《ボムズアロー》をその口腔へ叩き込む。
「数が多い……!」
気配を探れば、うじゃうじゃと辺り一帯に邪悪な気配が存在していた。レギオンが先行して討伐しているものの、数が減っているようには感じない。
恐らく、亜竜の群れが丸ごと侵食されてしまったのだ。
セナは奥地に浸透するため、疫病の珠を使って足止めをしようとする。だがその瞬間、セナは肌を突き刺す感覚に襲われた。
憎悪、怒り、敵愾心。邪悪に塗れたその気配には覚えがある。
「主様!」
セナを避けて進もうとした個体、遠くにいた個体、従魔たちと交戦していた個体、その全てが脇目も振らず、仲間の犠牲を厭わずに殺到する。
〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟の寵愛を受けたセナを殺すために。己を討滅した使徒によく似た雰囲気を持つ女を侵し、支配し、その神を蔑むために。
「っ、《神威:|死を運ぶ騎士《ペイルライダー》、《|嵐の王、亡霊の群れ《ワイルドハント・レギオン》》!」
手札を切る。
女神の権能を借り受け、その身に死へ誘う力を宿す。同時に、亡霊の狩猟団も解き放つことで逆に亜竜を押し返した。
「――《プレイグスプレッド・フェイタリティ》!」
そして、神威によって変化したアーツを使用する。
これまではレギオンの狩猟団ばかり目立っていたが、それはセナの神威ではなくレギオンに与えられた力。
セナの神威は死をもたらす力だ。彼女が神威を発動中に使用するアーツには、即死効果が確定で付与される。
なぜなら〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟は命を奪い去る神だからだ。疫病を運び、毒物を生み、生きとし生けるものの命を刈り取る神だ。
時に残酷に、時に優しく。しかし、そのどれもが命を奪う死の風であることに変わりない。
故に即死。たとえ耐性があろうと、強力な無効化装備を身に付けていようと、死という結末からは逃げられない。
生命はみな、いずれ死に至るのだから。