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172.堕ちた竜の王

「狙われています!」

「《神威:|死を運ぶ騎士《ペイルライダー》》、《|嵐の王、亡霊の群れ《ワイルドハント・レギオン》》」


 嵐のような咆吼が大地を削る。すんでのところで躱したセナは神威を再発動し、《プレイグアロー・フェイタリティ》を無詠唱で放った。

 だがしかし、邪竜に到達する前にぶわりと巻き上がった風によって阻まれてしまう。


「(風圧が……っ!)」


 邪竜が発する嵐のような風は、咆吼として放てば並みの純竜では歯が立たぬ息吹となり、その身に纏えば一切を阻むタチの悪い鎧となる。

 セナと邪竜は一〇メートルほど離れているが、あと数歩近づけば彼女も風に巻き上げられてしまうだろう。


 そんな風圧に耐えながら、セナはそれの頭上に浮かび上がる名を確認した。邪竜の名は【雷嵐のフェリィエンリイーヴィルイロウシェン・ドラゴンロード】。登場した時点で察していたが、やはりユニークモンスターらしい。

 しかも、以前対峙した尖兵のように、ステータスが二重に表示されている。


「なんで他の王は来ないの!?」

「彼らは縄張り意識が強すぎるんです。強い個体ほど、一定の場所から動こうとしません」


 ドラゴンという種は、基本的に自分の縄張りの外には出ようとしない。自ら空を飛び縄張りを巡回する【天撃のヴェルドラド】が真面目なだけで、竜の王は普通は動かないのだ。

 そのヴェルドラドでも、別の王が支配する縄張りへの干渉はしない。たとえ、縄張りの主が狂気に侵され錯乱していようとも。


『グルゥァアッ!!!』

「レギオン、そのまま数で抑えて!」


 レギオンは荒れ狂う暴風の中、亡霊の狩猟団による力押しでフェリィエンリの動きを止めようとする。錯乱している影響で風の制御が不安定なので、レギオンのステータスであれば接近できるのだ。


 ただ、全力殲滅形態フルオフェンスモードも併用しているが、竜の膂力は凄まじいの一言に尽きる。

 亡霊の狩猟団がしがみつき、レギオンが噴射機関ブースターを使って抑えているのに、フェリィエンリの動きを完全に止められない。


『――《ラ、ィ……ラン》!』


 そして、息吹を放つ姿勢をとるフェリィエンリ。どす黒い瘴気が風と共に集まり、バチバチと帯電し始めた。セナの視界では竜の前方に扇形のAOEが広範囲に亘って発生している。

 巻き込まれればタダでは済まない。竜の王という時点で強さが保証されてしまっているというのに、そこに邪悪な力までもが加算されているのだ。


 放たれたドラゴンブレスは亡霊の狩猟団を巻き込み粉砕する。レギオンは噴射機関ブースターで加速して逃れたが、判断が遅れていればレギオンも痛打を受けていただろう。

 ミキサーのように大地を、木々を、攪拌しながら粉々に破壊したこれは、もはや息吹とは呼べない威力を秘めていたのだから。


「(今、少しだけだけど、理性が戻ったような……?)」


 だがそれよりも、セナはフェリィエンリがカタコトながら意味のある言語を口にしたのが気になった。

 《雷嵐》を使用する瞬間、本当に一瞬だけだが、憎悪と敵愾心に汚染された瞳に理性が戻ったように見えたのだ。

 もしかしたら、完全に取り込まれていないのかもしれない。


『グゥゥ……! 《ラ、ィ……ラン……ハ、ゴク……ショゥ》!』


 その時、フェリィエンリの周囲に嵐の玉が幾つも形成された。どす黒い瘴気に染まっているが、バチバチと帯電していることから先ほどの《雷嵐》の強化版だろう。

 少しのチャージを挟んでから、瘴気の嵐は解き放たれる。


「自分に……?」


 けれど、その嵐の矛先はフェリィエンリへと向いていた。

 竜の王としての矜恃か、明確に自身を害するために放たれた攻撃は、フェリィエンリの嵐の鎧をものともしない。HPバーが一気に減少するほどの甚大なダメージを与えた。


「主様。今は撤退するのが最善だと此は思います」

「でも……」

「此も聖水で浄化できないか試しましたが、アレはもう手遅れです。肉体どころか魂の奥深くまで侵食されています。少なくとも数年前から侵食を受けていなければ、ここまで酷い状態にはなりません」


 ナーイアスの言う通り、竜の王が簡単に屈するとは思えない。それこそ、年単位で侵食を受けていなければありえない事態だ。使徒ですらないただの人間であるセナですら瘴気に侵食されていないのだから。


 だから、あの邪悪な瘴気に侵されながら持ち前の精神力で耐え続け、それが最近になって抑えられなくなったと考えるのが自然である。

 フェリィエンリは気位の高い天竜種なのだから、ただの瘴気に屈するはずが無いのだ。


「(……レギオン、撤退するよ)」


 《思念伝達》を用いて指示を出し、フェリィエンリの自傷にタイミングを合わせてセナは撤退する。

 セナたちだけでは敵わないと悟ったからだ。最低でも一体、竜の王を味方につけなければならない。それでようやく五分五分といったところか。


「(ヴェルドラドに相談しよう)」

「(ですが主様、彼は王です。王たる個体が縄張りを離れることは……)」

「(フェリィエンリがあのまま動かない保証もないでしょ。だったら、ヴェルドラドが動く理由にもなるはず)」


 憶測でしか無いが、頼りに出来る戦力がヴェルドラドぐらいしか思いつかないため、仕方なくヴェルドラドが支配する領域へと戻っていく。

 もしも交渉が決裂したら、最悪の場合リマルタウリで決戦することも視野に入れなければならないだろう。NPCが死んだところでセナはなんとも思わないが……被害は少ない方が、いい報酬を貰えるに決まっている。

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