歩法を駆使しながら全力疾走で森を駆け抜けたセナは、フェリィエンリらしき影が空へ飛び去っていく様子を見て、ひとまず撤退はできたと息を整える。
フェリィエンリを蝕む瘴気は、なぜか神の力に対して過剰な反応を見せるので、飛び去ったということはセナを見失ったと考えていいだろう。
「ヴェルドラドは……山の上かな」
ヴェルドラドの姿は見えない。恐らく山の頂上に居座っているのだろうとセナは考える。
ヒュドラ大連峰を構成する山々は雲を貫くほどに巨大だが、レギオンの力を借りれば頂上まで飛んで向かうことが可能だ。
「マスター、準備できたよ」
「自信作。むふん」
レギオンはセナが騎乗するための乗り物として、ドラゴンの姿を模したレギオンを作成していた。乗りやすさと素早さを重視したスリムな姿で、乗りやすいようにちゃんと鞍と手綱もついている。素材はもちろん天竜種の純竜だ。
レギオンの影で生み出されたからか黒く艶めいている。
セナが跨がると、当然の如く前と後ろにレギオンが跨がった。ドラゴンが少し迷惑そうな顔をしているが、どちらもレギオンなので何も問題は無い。
それから飛翔を始め、レギオンは高度を上げていく。
地上にいる下級の純竜はもう襲ってこないが、上位の純竜に襲われる可能性を考慮して弓を構えた状態だ。
「……思ってたより静かだね」
だが、ある程度の高度に達しても襲われる気配が無い。上位の純竜は何体か見掛けたが、どれもちらりと顔を向けただけで、あとは興味が無いと言わんばかりに寝ている。
「この辺りにいるのは年老いた個体なのでしょう。長い年月が経てば自然と穏やかな性格になるものです」
「そうなのかな」
そうこうしているうちに雲と同じ高さにまで到達した。
やはり山にいる純竜からは襲われず、気候も相まって散歩していると勘違いしそうなぐらい静かである。
「――マスター、一体こっちに来てる」
「上から来てる。でも、攻撃してこない……?」
そろそろ雲を抜けそうな時になってから、一体の純竜がセナたちのもとへ下降してきた。
大きな体躯に、雷が走ったような模様の鱗。翼は二対もあり、こちらにも金色の線が走っている。ユニークモンスター特有の名前は浮かんでいないが、相当に力を蓄えた個体だろう。
『おまえ、なぜ人間を乗せている! 竜としての誇りはどうした!』
ガルルルル! と唸りながら、その純竜はレギオンに向けて言い放った。
「レギオンはレギオン。竜じゃない」
「レギオンがマスターを運ぶのは当然」
『意味の分からないことを……!』
どうやらレギオンを同胞だと勘違いしているらしい。
見た目は確かにドラゴンそのものだし、この体を構成するために使った素材も純竜なのだから、確かに勘違いしてもおかしくないだろう。
ここまで襲われなかったのも、レギオンが同胞たる純竜だと思われていたからかもしれない。
『今すぐ振り落とせばその愚行も見逃してやる! 僕の雷で消し炭になりたくなければさっさとしろ!』
「やだ」
『おまえ……!』
純竜は無理やりにでもセナを振り落とさせようと爪を振るうが、レギオンがそんなことを許すはずがない。
ひらりと身を躱し、逃げるように高度を上げる。
『あ、おまえ! いいだろう……そんなに死にたいなら、死なせてやる!』
だが、もう容赦はしてくれなさそうだ。顎が開かれると、黄金色の輝きが溢れ出す。バチバチと激しく鳴り響き、一瞬の静寂ののち、一条の閃光となって彼方まで伸びていく。
……見当違いの彼方へと。
「……の、ノーコン」
『うっさいな!』
思わず呟いたセナの言葉に、激情を顕わにする純竜。
「恐らく、まだ若いのでしょうね。上位の純竜にも引けをとらない力はありますが、制御のほうに問題があるようで」
『聞こえてるからなそこの精霊!』
バッサバッサと怒りながら急上昇してくる。腕に雷を纏っているため、今度は直接攻撃してやるという魂胆が窺える。
「主様、もうすぐ頂上です」
そして、気付けば頂上まであと少しというところまで来ていた。
攻撃される前に頂上につけばヴェルドラドが止めるだろう。止めなかったとしても、地に足をつければセナも戦える。
「――ついた!」
『ああああ! おまえふざけるなよおまえ! 勝手に入りやがって!』
頂上は想像より広く、平らに
この広い空間を巣とする純竜こそが、【天撃のヴェルドラド】だ。
『……ここまで登って来たということは、分不相応にも我に助力を求めるためか?』
『あああ、父様ごめん! 僕が落とすべきだったのに!』
『さっきの雷はやはり貴様か。制御出来るまでは使うなと言い含めておいたはずだが』
そして、侵入者であるセナを無視して説教が始まった。
『だ、だって……侵入者がいたし』
『いたずらに同胞を傷つける行為は慎めと、何度も言ったはずだ。それとも、我の言葉を無視できるほど強くなったのかメェイ』
『う……ご、ごめんなさい……』
さっきまでの怒りはどこへいったのやら。メェイと呼ばれた純竜は落ち込んだ様子でとぼとぼと歩き、【断絶のスーシュエリ】と名前が浮かぶ個体の側でゆっくりと伏せた。
どう見ても親に叱られて落ち込む子どもにしか見えない。
「(ヴェルドラドの子どもだったんだ。じゃあ、あっちは
『さて、改めて訊くぞ人の子。何用で我が領域に立ち入る。分不相応にも我の助力を求めてか?』
やんちゃをした子を叱り終え、王様モードに戻ったヴェルドラドは、改めてセナに目的を問う。
返答次第では恐ろしい結末が待ち受けているだろう。セナはごくりと、生唾を呑み込んだ。