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173.協力を仰ごう

 歩法を駆使しながら全力疾走で森を駆け抜けたセナは、フェリィエンリらしき影が空へ飛び去っていく様子を見て、ひとまず撤退はできたと息を整える。

 フェリィエンリを蝕む瘴気は、なぜか神の力に対して過剰な反応を見せるので、飛び去ったということはセナを見失ったと考えていいだろう。


「ヴェルドラドは……山の上かな」


 ヴェルドラドの姿は見えない。恐らく山の頂上に居座っているのだろうとセナは考える。

 ヒュドラ大連峰を構成する山々は雲を貫くほどに巨大だが、レギオンの力を借りれば頂上まで飛んで向かうことが可能だ。


「マスター、準備できたよ」

「自信作。むふん」


 レギオンはセナが騎乗するための乗り物として、ドラゴンの姿を模したレギオンを作成していた。乗りやすさと素早さを重視したスリムな姿で、乗りやすいようにちゃんと鞍と手綱もついている。素材はもちろん天竜種の純竜だ。

 レギオンの影で生み出されたからか黒く艶めいている。


 セナが跨がると、当然の如く前と後ろにレギオンが跨がった。ドラゴンが少し迷惑そうな顔をしているが、どちらもレギオンなので何も問題は無い。


 それから飛翔を始め、レギオンは高度を上げていく。

 地上にいる下級の純竜はもう襲ってこないが、上位の純竜に襲われる可能性を考慮して弓を構えた状態だ。


「……思ってたより静かだね」


 だが、ある程度の高度に達しても襲われる気配が無い。上位の純竜は何体か見掛けたが、どれもちらりと顔を向けただけで、あとは興味が無いと言わんばかりに寝ている。


「この辺りにいるのは年老いた個体なのでしょう。長い年月が経てば自然と穏やかな性格になるものです」

「そうなのかな」


 そうこうしているうちに雲と同じ高さにまで到達した。

 やはり山にいる純竜からは襲われず、気候も相まって散歩していると勘違いしそうなぐらい静かである。


「――マスター、一体こっちに来てる」

「上から来てる。でも、攻撃してこない……?」


 そろそろ雲を抜けそうな時になってから、一体の純竜がセナたちのもとへ下降してきた。

 大きな体躯に、雷が走ったような模様の鱗。翼は二対もあり、こちらにも金色の線が走っている。ユニークモンスター特有の名前は浮かんでいないが、相当に力を蓄えた個体だろう。


『おまえ、なぜ人間を乗せている! 竜としての誇りはどうした!』


 ガルルルル! と唸りながら、その純竜はレギオンに向けて言い放った。


「レギオンはレギオン。竜じゃない」

「レギオンがマスターを運ぶのは当然」

『意味の分からないことを……!』


 どうやらレギオンを同胞だと勘違いしているらしい。

 見た目は確かにドラゴンそのものだし、この体を構成するために使った素材も純竜なのだから、確かに勘違いしてもおかしくないだろう。

 ここまで襲われなかったのも、レギオンが同胞たる純竜だと思われていたからかもしれない。


『今すぐ振り落とせばその愚行も見逃してやる! 僕の雷で消し炭になりたくなければさっさとしろ!』

「やだ」

『おまえ……!』


 純竜は無理やりにでもセナを振り落とさせようと爪を振るうが、レギオンがそんなことを許すはずがない。

 ひらりと身を躱し、逃げるように高度を上げる。


『あ、おまえ! いいだろう……そんなに死にたいなら、死なせてやる!』


 だが、もう容赦はしてくれなさそうだ。顎が開かれると、黄金色の輝きが溢れ出す。バチバチと激しく鳴り響き、一瞬の静寂ののち、一条の閃光となって彼方まで伸びていく。

 ……見当違いの彼方へと。


「……の、ノーコン」

『うっさいな!』


 思わず呟いたセナの言葉に、激情を顕わにする純竜。


「恐らく、まだ若いのでしょうね。上位の純竜にも引けをとらない力はありますが、制御のほうに問題があるようで」

『聞こえてるからなそこの精霊!』 


 バッサバッサと怒りながら急上昇してくる。腕に雷を纏っているため、今度は直接攻撃してやるという魂胆が窺える。


「主様、もうすぐ頂上です」


 そして、気付けば頂上まであと少しというところまで来ていた。

 攻撃される前に頂上につけばヴェルドラドが止めるだろう。止めなかったとしても、地に足をつければセナも戦える。


「――ついた!」

『ああああ! おまえふざけるなよおまえ! 勝手に入りやがって!』


 頂上は想像より広く、平らにならされていた。元々は火口だったのだろうが、完全に冷えて固まっている。

 この広い空間を巣とする純竜こそが、【天撃のヴェルドラド】だ。


『……ここまで登って来たということは、分不相応にも我に助力を求めるためか?』

『あああ、父様ごめん! 僕が落とすべきだったのに!』

『さっきの雷はやはり貴様か。制御出来るまでは使うなと言い含めておいたはずだが』


 そして、侵入者であるセナを無視して説教が始まった。


『だ、だって……侵入者がいたし』

『いたずらに同胞を傷つける行為は慎めと、何度も言ったはずだ。それとも、我の言葉を無視できるほど強くなったのかメェイ』

『う……ご、ごめんなさい……』


 さっきまでの怒りはどこへいったのやら。メェイと呼ばれた純竜は落ち込んだ様子でとぼとぼと歩き、【断絶のスーシュエリ】と名前が浮かぶ個体の側でゆっくりと伏せた。

 どう見ても親に叱られて落ち込む子どもにしか見えない。


「(ヴェルドラドの子どもだったんだ。じゃあ、あっちはつがい?)」

『さて、改めて訊くぞ人の子。何用で我が領域に立ち入る。分不相応にも我の助力を求めてか?』


 やんちゃをした子を叱り終え、王様モードに戻ったヴェルドラドは、改めてセナに目的を問う。

 返答次第では恐ろしい結末が待ち受けているだろう。セナはごくりと、生唾を呑み込んだ。

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