ヴェルドラドとの交渉の末、《天撃》が込められた鱗とメェイという戦力を得たセナ。
今度こそフェリィエンリを斃すため、ヒュドラ大連峰の異変を終結させるため、セナたちは死の大地へと急ぐ。
「ねえ、メェイは――」
『イルメェイ。僕の名前はイルメェイだ人間。メェイと呼んでいいのは父様と母様だけだ』
「……イルメェイはなんでそんなにブレスが下手なの?」
『喧嘩売ってるのかおまえ!』
ノーコンである自覚はあるが、それを指摘されるのは嫌らしい。
それでも、これから戦う相手が竜の王である以上は知っておかなければならない。改善できれば最強の矛たり得るのだから。
「下手くそ」
『ぐっ……!』
「ノーコン。レギオンのほうがマシ」
『ぐぬぬぬぬ……!』
「あの、さすがにそれ以上煽るのは……」
『あーもう! 分かったよ教えてやるからそれ以上言うなばかぁ!』
レギオンたちのチクチク言葉に速攻で耐えられなくなったイルメェイは、涙目でドラゴンブレスが下手くそな理由を語る。
自信満々なくせにメンタルが弱いドラゴンであった。
『ぐすっ……。僕は雷属性だから、同じ属性を持ってるドラゴンを師匠にしてたんだよ。父様は天属性だし、母様は空属性だから』
「天……空……?」
が、詳細を聞く前に疑問点が浮かぶ。
セナが覚えている限りだと、そんな属性は存在しなかったはずである。少なくとも、初期に選択できるスキル一覧には無かった。
「主様、天属性と空属性はどちらも発現することが滅多に無い属性です。光属性と似通っている部分もあるので、認知自体あまりされていないかと」
「そうなんだ」
『話の腰を折るなよぉ』
幅を寄せて、イルメェイはその顔をぐいっとセナに近づける。
さすがに可哀想だと感じたので軽く撫でてやると、イルメェイは『いいやつだなおまえ!』と喜んだ。チョロい。
『――とにかく、僕の師匠は父様でも母様でも無い。でも、本格的に稽古をつけてもらう前に、師匠は山から降りてこなくなったんだ』
「……もしかして」
『そうだよ。僕の師匠はフェリィエンリ姉さんなんだ。血は繋がってないけど、小さい頃からずっと遊んでもらってた』
イルメェイは沈痛な面持ちで、今まさに討伐しようとしている相手が姉と慕う存在だと打ち明けた。
『いつの間にかフェリィエンリ姉さんは姿を見せなくなって、あの山の同胞たちの様子もおかしくなってしまった。他の山と行き来できるのは僕みたいな未熟者の特権だから様子を見に行こうとしたんだけど、それも父様に止められてね。結局、我流で鍛えるしかなかったんだ』
しばらくの間、気まずい空気が流れる。
イルメェイの状況をセナに置き換えると、ジジや女神を殺さなければならないようなものだ。それも、まともな稽古をつけてもらえていない状態で。
ヴェルドラドに命じられたから今こうしてついてきているが、きっと内心では苦しんでいるのだろう。
そんなの、セナだって悲しいし、苦しいと叫きたくなる。
師匠を、恩人を、大事な友達を自分の手でなんて、耐えがたい苦痛に決まっている。……なお、レギオンの自爆は本人が同意しているのでノーカンとして扱う。
『……おまえはいいやつだな。僕とおまえは全く違う生き物なのに、共感してくれるなんて』
「そうだ、マスターはすごく優しい」
「レギオンのマスターは自慢のマスター」
気まずい空気が弛緩し始め、イルメェイが二対の翼をバサリと羽ばたかせる。
『おまえは許さないけどな! 僕のこと散々馬鹿にしやがって!』
「む、レギオンは悪くない。下手くそなイルメェイが悪い」
『なんだとー!?』
そして気を遣ったのか、少しお馬鹿な様子に戻ってレギオンと口喧嘩を始めた。
多分きっと、イルメェイとレギオンは仲良しになったのだろう。セナはそう思って小さく笑みを浮かべた。
「もうすぐでつくよ。準備して」
さて、そろそろ死の大地へ到着する頃合いだ。
セナの神威によって辺り一帯の動植物は死に絶え、大地は砂漠化しているためとても分かりやすい。
フェリィエンリと遭遇した場所には分かりやすい目印があると聞かされていたイルメェイも、ここまで滅茶苦茶な目印だとは思っておらず絶句していた。
『こ、こ、これ……え、これ……?』
神の力を借りた結果とはいえ、人間がこれほどの力を行使できるとは思っていなかったのだろう。
『人間って……こんなに強いの……? あわわわわ……』
「マスターが強いのは当然」
生い茂っていた森の中にぽっかりと空いた死の大地。その端に瘴気に侵され錯乱したフェリィエンリが降り立ち暴れたのだが、イルメェイはそこまで気が回らない様子。
「それよりも……フェリィエンリの後は追える?」
『……はっ! そうだ、僕が探さないと!』
影のある地上ならばレギオンでも追跡できるが、フェリィエンリは天を飛翔する天竜種だ。ならば、同じ天竜種であるイルメェイのほうが追跡しやすいのは当然のこと。
況してや、ここはフェリィエンリの縄張りの一部。レギオンよりも、何度も訪れたことのあるイルメェイの方が詳しいのだから。