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192.アルケイシア錬金工房

 【ルミナストリアの羽根】を使って帝都に戻ってきたセナ一行は、竜王の瞳を加工できる職人を探して職人組合を訪れていた。

 職人組合は冒険者組合や商業組合と違って、職人たちによる互助組織である。冒険者組合から仕入れた素材で武具や道具を作り、商業組合に卸す役目を担っている組織だ。


 とはいえ、冒険者組合のようにトップがいるわけではなく、それぞれの工房が手を取り合っているような組織なので、誰が偉いかは年に一度の品評会の結果で変わるらしい。

 あくまで組織という体を為すための箱。事務員はいるが商業組合から出向してきている者が大半なので、武具やアイテムの作成依頼は直接工房に出向く必要がある。


「――というわけですので、こちらではなく工房のほうでお願いします」


 在籍中の職人と、所属する工房のリストを渡され、セナは職人組合を後にした。

 実力順にリストアップされているため、上から順番に当たれば加工できる職人はすぐに見つかるだろう。


「人間って面倒くさいんだな……」

「ドラゴンのように力だけが全てではありませんから。此も理解できているわけではありませんが」


 強い=偉いが当たり前だったドラゴン社会で過ごして来たイルメェイは、この複雑な人間社会というものに辟易している様子だ。


「ふーん。なあ、セナは自分でどうにか出来ないのか?」

「わたしが作れるのはポーションとか木工品ぐらいだから。それに、特化させてないし」


 セナが有する【上級調合師】や【上級木工師】は生産スキルだが、幾つもの補助スキルを併せて取得している者だけが本当の意味での職人と呼ばれる。

 セナの場合だと、【上級採取術】の他に【植物知識】【植物学者】【人体学者】【薬学】辺りがなければ職人とは言えない。これらが揃ってようやく、調合と木工を専門とする職人を名乗れるのだ。


 なお、技量さえあれば補助スキルが無くても問題無い。あくまで生産職として特化させるならば、の話である。


「あと、素材を加工するのは主に錬金術師の分野らしいよ」


 錬金術師とは、いわゆる中間素材の作成を専門とする職人のことだ。今回は竜王の瞳を弓に組み込むための依頼をするため向かっている。


「…………んんんんん?」


 余計に首を傾げるイルメェイ。

 竜王の瞳は【錬金】系スキルが無いと加工出来ず、武器に組み込むのも錬金術師の分野なので、その道を極めた職人に加工を頼むという簡単な話なのだが、それでもまだ理解が追いついていない様子だ。


「なんで分からないの……?」

「だって、僕らは食べて取り込めば力になるから。身の丈に合わなかったらおえーって吐くか死ぬだけだし」


 さも当然のような顔をしてイルメェイは云う。

 ドラゴンにはそもそも素材を加工するという概念が無い。魔力を食べて生きるような生命体なので、自分たちで何かを作る必要性が存在しないのだ。


「吐くぐらいならレギオンにちょうだい」

「僕は吐かないぞ!?」

「そろそろつくからね」


 工房は職人組合の建物からさほど離れていない位置に建っているので、十数分ほどで到着する。

 ここは一昨年の品評会の錬金術部門で一位を獲得し、去年は惜しくも二位となった職人が所属している工房だ。『アルケイシア錬金工房』と云う。

 店ではなく工房なので受付のスペースが狭い。


「あの――」

「少し待っててくれ!」


 ドアを開けた際に鈴の音が鳴ったため、来客がいるのは分かっているのだろう。奥の方から待つようにと声がした。

 言われたとおり待っていると、何かが爆発したような音と、「油の鮮度が悪かった」だとか「燃える水と合わせたのが拙かった」だとか言い争う声が聞こえてくる。


「……あー、待たせて悪かった」


 しばらくして、煤で汚れた白衣を着た男がやって来た。

 まだ若く、しかし腕は確かなのだろう。襟に金で装飾された黒色のプレートが取り付けられている。これは職人組合が定めたその人の腕を表す印であり、黒地に金は品評会で一位を取ったことのある職人しか身に付けるのを許されていない。


「わざわざ工房に来たってことは依頼だろ? ほれ、出してみろ。あと要望」


 騎士のバッジがあっても気にせず、彼は催促するようにカウンターを指で叩いた。

 セナは【天撃竜王の瞳】と【雷嵐竜王の瞳】を取り出した。


「へえ、珍しいな。初めて見た。で、これをどうしたい?」

「弓に組み込んで欲しいです」

「ほーん……まあ弓なら相性は悪くないか。で、弓は?」

「これです」


 背負っていた『プレイグ・ボウ』もカウンターの上に置き、この弓に組み込みたい旨を伝える。


「世界樹の枝か。いいものを使ってるじゃないか。だが、製作者の腕が悪いな。これじゃ格が足りない」


 しかし、この『プレイグ・ボウ』では格が足りないらしい。製作者――つまりセナの腕が悪いので竜王の瞳に負けているそうだ。

 曰く、世界樹の枝のスペックを十全に引き出せていないため、このまま組み込んでも失敗に終わるか微妙な性能になってしまうらしい。


「どうする? 素材があるなら腕のいい木工職人に弓本体を依頼できるが、このままやるか? 俺として前者をオススメする」

「……お願いします」


 セナは狩人であり、冒険者だ。生産職ではない。竜王の瞳に見合う弓を作ってくれるというのなら、この提案に否やは無い。


「うし、ならこれの製作に使った素材を出してくれ。俺の方から渡しておく」

「はい――あ、これはもっといいやつが作れます」

「……なんだこれ」


 世界樹の枝、アリアドネーの糸の束、最後に《マナエンチャント》で《プレイグポイゾ》を重ねがけした『古・上級ポーション』を取り出した。

 三つ目に関しては前に作り置きしておいたものなので、神威を使える今ならもっと効果を高められる。


「《プレイグポイゾ》を《マナエンチャント》で――」

「ああいや、劇物なのは分かる。これ使ったのか?」

「はい」

「……なら、お前が手伝わなきゃ作れないか。この工房に行ってグレンダを呼び出せ。アルケイシアからの依頼だと言えばすっ飛んでくるはずだ」


 彼はさらさらと手紙を書き上げ、それをセナに渡した。内容はよく見えなかったが、弓の製作依頼と、この薬液を使うためセナが手伝う旨が書かれているのだろう。


「素材は直接持っていけ。あと料金だが――」

「お金はたくさんあるので大丈夫です。億越えはちょっと困りますけど」

「……そこまで高くはならん。五〇〇〇万でいい。グレンダの工房には俺から払っておく」


 それでも十分高いのだが、セナの懐はとても温かい。これぐらいなら余裕で支払える。

 ミスリル金貨を五枚カウンターに置くと、彼は「取引成立だ」と言って竜王の瞳を預かった。

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