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193.ミス・グレンダの木工工房

 グレンダの工房に向かう途中で、セナはレンタル工房でさくっと神威を発動し、重ねがけした《プレイグポイゾ・フェイタリティ》を《マナエンチャント》で『古・特級ポーション』に移した。

 その結果出来たのが【神毒のポーション】である。指先に一滴垂らすだけでその指が壊死しかねない強烈な毒は、加護によって無効化しているセナでも危険を感じるほど。

 これを大量に準備し、セナはグレンダの工房を訪れた。


「はぁ~い、何の御用かしら?」

「グレンダさんっていますか? アルケイシアからの依頼なんですけど」

「グレンダは私よ。その依頼引き受けるわ」


 教えてもらった住所には『ミス・グレンダの木工工房』という建物がある。その建物に入ると、ちょうど暇していたらしいグレンダが受付に座っていた。

 まだ手紙も見せていないというのに、彼女は明るい笑顔で依頼を引き受ける。


「これアルケイシア錬金工房からです」

「ふんふん、委細承知したわ。じゃあ早速取りかかりましょ。素材は持ち込みなのよね?」

「持ってきてます」

「なら問題ないわ。こっちいらっしゃい」


 手紙を渡すと、グレンダはセナを工房内へ手招いた。

 工房の中は木材の香りで満ちていて、様々な種類の木材がサイズごとに纏めてある大きな棚や、加工のための道具類が綺麗に整頓されている作業机がある。

 その作業机の中でも一際立派で、素人の目から見ても優れていると分かる道具が置いてあるそこが、グレンダの作業場なのだろう。


「ここに出してね。サイズとかデザインに指定はあるかしら?」

「大きさは大体これと同じぐらいで……」


 世界樹の枝とアリアドネーの糸の束、先ほど作ってきた【神毒のポーション】を作業机の上に出し、セナは今装備している弓を参考にして欲しい旨を伝えた。サイズは多少大きくなっても構わないが、自分が使いやすいデザインなのはとても大事なので。


「じゃあ、大体こんな感じかしら」


 グレンダは大きな用紙にデザイン案を書き出しセナに見せる。スキル補正でもあるのか、一分足らずで幾つもの案が提出される。

 中にはグレンダの趣味と思わしき可愛いデザインもあったが、使いづらそうだったので却下した。


「えぇ~、可愛いのに勿体ないわ」

「……」

「もう、そんなに睨まないで。ちゃんとこっちの案で作るから」


 提出された案の中で一番マシなものを選び、セナは早速【神毒のポーション】に世界樹の枝を漬け始める。

 これはセナにしか出来ない仕事だ。薬液から取り出して乾燥させた後ならば他の人が触れても問題ないが、この段階では近づくだけで命の危険がある。


「皮を取り除くだけでいいんですか?」

「先に削るかどうかはデザイン次第よ。この様子だと染みこむまで五日かしら……乾燥を考えると七日ね。五日後に取り出すからその時に来てね~」


 現時点で出来ることはこれぐらいなので、セナはグレンダの工房を後にした。

 万が一あの薬液を零すと死者が出かねないが……蓋をしたうえで容器を二重にしていたので大丈夫だろう。グレンダも黒地に金のプレートを付けていたので、危険物の取り扱いは重々承知しているはずだから。


 さて、少なくとも弓本体が完成するまで十日は掛かる。そして竜王の瞳を組み込むために更に日数が掛かるだろう。

 【ルミナストリアの羽根】でリマルタウリに戻ってもいいが、何度も往復することになってしまうので、新しい武器が完成するまで帝都で待機することになる。


「なんだ、暇になるのか?」

「十日ぐらいね。だから狩りでもしてゆっくりしようかなって」


 なのでセナは、しばらくゆっくりすることにした。

 狩りが果たしてゆっくりすることなのかは置いておいて、リマルタウリから再出発するのは弓が完成してからだ。


「じゃあ僕も軽く運動しようかな。人化するのって初めてだし」

「着地したとき転んでたもんね」

「それは忘れてくれよぉ……」


 街の外に出て獲物を探す。

 レベリング目的ではなく暇を潰すための狩りだ。ドロップするアイテムは当然捧げ物にする。


 ついでにイルメェイ用にナックルガードのような、メリケンサックのような、握り込んで使うタイプの手甲を買ったので、人化状態でどの程度戦えるか練習することになった。

 イルメェイのレベルは378だが、人化状態だと著しい制限を受けるらしい。曰く、ステータスそのものは変化しないが、肉体の構造が変わるので本来の性能を発揮するのは難しいそうだ。


「よぉし、いっくぞぉぉぉぁぁああああ壊れたああああっ!?!?」


 ……それでも、ドラゴンの膂力は人に身に収まりきるものではない。

 鋼で鍛造された手甲が、一度殴っただけで壊れた。殴られたモンスターは潰れた柘榴のように弾け、イルメェイは返り血でずぶ濡れになる。

 頑丈さを優先して選んだはずなのだが、力の加減や制御がド下手なイルメェイには分不相応だったようだ。そもそも装備させないほうがいいかもしれない。


「うえぇぇぇ……ごめんよぉセナぁ……」


 顔も体も血塗れで、イルメェイはべそをかきながらナーイアスに洗浄される。勿体ない使い方だが聖水で綺麗さっぱりだ。


「(しばらくは装備無しかな……。加減する練習になればって思ったけど、ダメそう)」


 セナはイルメェイに武器を持たせないようにしようと決めた。

 あまりにも下手過ぎる。ドラゴンブレスが至近距離じゃないと当てられないぐらいノーコンなのもそうだが、全体的に出力が過剰過ぎるのだ。


 幸い、普段はほぼ〇の状態に抑えられている。この〇か一〇〇かの状態からじっくり時間をかけて矯正すれば、装備を壊さない程度の加減は覚えられるはずだ。はず……なのだ。きっと、メイビー……。

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