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194.教会を見に行こう!

 五日後、再び『ミス・グレンダの木工工房』を訪れたセナは、薬液から世界樹の枝を取りだした。

 芯まで濃い紫色に染まった世界樹の枝は、不思議なことに毒による劣化が生じていなかった。

 ちなみに、余った薬液はセナが引き取ることになっている。


「木材に限った話じゃないけれど、最上位の素材は基本劣化しないのよ。金属であれば錆びず、木材であれば腐食せず、石材であれば風化せず、品質が落ちることは決してないの」


 グレンダによると、世界樹の枝はどんな劣悪な環境で保管しようと劣化することなく、今回のように劇物に漬け込んでもその特性を吸収するだけで、決して朽ちずに品質を維持し続けるのだという。

 そのため、素人が扱ってもそれなりの作品が出来上がってしまう。セナが『プレイグ・ボウ』を作れたのもこれが理由だ。


「さて、乾燥室はこっちよ。すぐに、というわけにはいかないけど、乾燥しきったら製作に取りかかるわ」


 そして更に二日経過し、『神毒のポーション』の特性だけを引き継いで無害化した世界樹の枝が完成する。

 アーツを駆使して乾燥を早めたらしく、ここからは普通の木材と同じ要領で加工できるらしい。先日決めたデザイン案を基に削り出していくとのことだ。

 ここから先は完全に職人の仕事なので、三日後まで再び暇になるセナ。


 さてどうしようと悩んだセナは、建築中の教会がどうなっているか気になった。外観だけならほぼ完成していたので、そろそろ完成していてもおかしくない。


「完成してる……!」


 時間はあるのでゆっくり向かうと、とても立派な教会が視界に入る。

 ちょうど家具を運び込んでいるようで、以前見かけた大工職人がいた。


「うん……? あ、騎士様!?」


 彼らはセナが騎士になったことを知っているようで、その場で敬礼して見せた。

 進捗を訊ねると、どうやらほぼほぼ完成しきっているようで、今運び込んでいる祈りに来た者が座るための椅子と、神像か女神の象徴となる物品さえ手に入れば開放されるらしい。


「……ただ、神像を作るための石材はこの辺りじゃ手に入りやせんし、〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟の象徴となるような物品はそう簡単には手に入らないんで、ちょっと難航してるんすわ」


 困ったような顔でここの大工職人を束ねる男が云う。

 石材は南西にある石切場から運んでくる必要があり、最低でも一週間、余裕を持たせるなら二週間は欲しいらしい。

 後者の物品があれば神像が無くても体裁は整うため、着工したのと同時期から探していたようだが、結果は芳しくない様子。


「神様を象徴する物品って、具体的にはどんなものなの?」

「うーん、無難なのは聖杯なんすけど、可能ならば神話に準えたものが望ましいんすわ」


 セナは考える。手持ちにあるもので〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟を象徴するものといえば、ちょうど『神毒のポーション』がある。

 しかし、これはセナですら危険を感じるほどの劇物だ。誰かがうっかり零してしまえば事故なんてレベルじゃ済まない。


 騎士を外に立たせたままなのも悪いと、セナは完成間近の教会内に案内された。

 運び込まれた長椅子に座って、インベントリに何かないか探してみる。


 イルメェイは神を祀る建物を初めて見たようで、感心するようにキョロキョロしている。

 残念ながら、ドラゴンの祖にあたる〝激動たる災害にして竜の神〟は隕落しただけでなく、神話の記述からも失われてしまったので、其を奉る建物は無いのだが。


「あ」


 そうして見つけたのは、第二回公式イベントで一位の報酬として入手した『宝物の夢』である。無地のスクロールで中に記述したものが手に入るという、何でも引換券だ。

 これを使ってまで欲しい物というのが思いつかなかったため、ずっとインベントリの肥やしとなっていたのだ。


 〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟を象徴する物品を望めば、適した品が手に入るかもしれない。

 セナはそう思い、『宝物の夢』に願い事を書いた。


《――『宝物の夢』が使用されました》

《――【極彩色の苗木】を入手しました》


 スクロールが燃え、光の粒子が一本の苗木へと変化する。ずしりと重たい鉢に植えられた苗木だ。

 セナはこの苗木の色に見覚えがある。エイアエオンリーカの神域に存在する樹木が、まさしくこれと同じ色合いをしていたのだ。

 神域にあるものなら確かに、〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟の象徴として相応しい。


「騎士様、それはまさか……!」

「うん。女神様の神域にあるのと同じ木だよ」


 レインボーユーカリを毒々しい色に変えたような【極彩色の苗木】を見て、大工職人は感激した。

 神域にあるものなんて、よほど敬虔な信徒でなければお目に掛かる機会なんて無い。それを誰でも見られるのは、奇跡のようなものなのだ。


「どこに置けばいい?」

「こ、こちらへ!」


 通常の教会であれば司祭が説教を行う台の上に安置され、【極彩色の苗木】はこの教会のシンボルとなる。

 誰かが説教することは想定していないし、セナもあまり説教するつもりが無いのでこの配置になった。それでも布教はしたいので、数日で完治する程度の病を込めた疫病の珠を置くことにするセナ。これならセナがいなくても布教が可能だろう。

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