さて、一通り確認を済ませたセナは、そのままリマルタウリに寄ることなく東へ進んだ。ここから先は未開拓領域――正確には幾つかの都市国家があるが寄る予定は無い――であり、どの国の領土でもないためしばらくは野宿生活になる。
人の生存圏から外れるため、モンスターのレベルも80から100と高めであり、ボス系のモンスターはレベル100を越えることも珍しくない。
通常なら過酷な旅となるのだが……。
「暇ー。暇だー。僕に出来ることがなんにもないんだけどー」
イルメェイが溶けたスライムのように寄りかかる。
遭遇するモンスターは大体レギオンが屠るし、少し強い個体が現れてもセナが攻撃すればすぐ斃せてしまう。
つまり、彼女は暇になったのだ。
「むふん。レギオンのほうが役に立ってる」
「僕が出なくてもすぐ片付くんだからしょうがないだろー」
空を飛ぶモンスターはある程度ダメージを与えたら勝手に墜落して経験値に変わるので、空を飛んで移動しているセナたちは大して苦労していない。
軽く攻撃してそれで戦闘が終了するのだ。
「じゃあ、明日はイルメェイが戦ってみる? ちょうど近くにダンジョンあるし。……あるんだよね?」
「此の目に間違いがなければ。主様が攻略するほど育っているダンジョンではありませんでしたが……」
セナのレベルと比べると、未開拓領域のモンスターといえど格下に成り下がる。ダンジョンも例外ではない。となれば当然、イルメェイにとっても格下になる。
レギオンの制圧力を以てすれば道中は簡単にスキップできるので、高難易度ダンジョンを除けば、フィールド上に存在するダンジョンは障害に成り得ないのだ。
「雑魚でもなんでもいいからさ、僕にも戦わせてくれよ。ずっと飛びっぱなしなのも疲れるんだ」
「……疲れるの?」
「おい、僕をなんだと思ってるんだ」
「だって、ドラゴンでしょ?」
「うんドラゴンだけどさ! 僕らにだって限界はあるし、飛行するのだって疲れるんだぞ!」
相変わらず力の加減が下手なので、ぽこぽこ叩くようなことはしない。
「そりゃあ、人間と比べれば最強だけどさ……僕らだって生物なんだぞう……」と呟いてむくれるイルメェイを宥めつつ、セナは日課となりつつある消耗品の作成を完了させた。
ジジから教わった『古・特級ポーション』は独占しているが、それより効能の劣るポーションは匿名でマーケットに流している。最近プレイヤー間でポーションが高騰している影響で、『古・特級ポーション』より効能が二段階以上劣る『最上級ポーション』でもすぐに売れるのだ。
お金はあればあるだけいい。作成に必要な素材がそこら辺で入手できるため、中々効率のいい金策になっている。生産スキル様々である。
なお、『最上級ポーション』は五割回復なので、大多数のプレイヤーから見ると完全にトップを走っている。セナはこの事実に気付いていない。
「――戻った」
ドーム型テントの入り口から人型のレギオンが入ってくる。大人レギオンと少女レギオンはずっとセナの近くにいたため、これは新しい個体だ。
ヒュドラ大連峰で起きた【邪神の眷属】と竜の王を同時に相手しなければならなかった戦闘で、レギオンは質を高めるべきだと学習した。ただ単に数を増やすだけでは多勢に無勢(そんなことは無いのだが)だと。
とにかく
レギオンはそう考えた。レギオンはそれを総意とした。故にレギオンは、新たな司令塔を生み出した。
「お土産」
「ありがとう。……でも、なにこれ」
「どろどろした奴の脳みたいなやつ」
「…………使わないからあげる」
このレギオンは少女レギオンとほぼ同じ容姿である。ただし、より戦闘に特化した個体として生み出されたため、腕と脚はドラゴンを参考にした形がデフォルトだ。
更に自分は使わないからとセナが与えた【ガラテアの腕】を取り込んでいるので、このレギオンは四腕となっている。
また、四腕レギオンは他二体と違って最初から肉体の形が決まっている。影による捕食、
だが、【肉体変化】のオミットはデメリットにならない。
この四腕レギオンに備わった独自の特性として【群体数強化】がある。これは
これによって四腕レギオンは圧倒的なステータスを獲得したわけだが、この強いだけの肉体を操作する経験がレギオンには無い。
故に、
「……なにしてるの?」
「観察」
「……えっと」
「レギオンに睡眠は必要無い。だから観察する。趣味」
なお、このレギオンの材料の一つが先日取り込まれた蜈蚣さんだ。
そのせいで他のレギオンより感情表現が乏しくなったが、好感度は他二体と共有しているため、こうしてセナのことをじっと見ていることが多い。
本人曰く、ただの趣味らしい。