目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

198.四腕レギオンは容赦しない

 新たに増えた四腕レギオンの戦闘能力は凄まじいの一言に尽きる。


「グギャギャッ!?」

「――軽い。あと柔い。簡単」

「ギャァアッ!?」


 とあるダンジョンの最奥に鎮座するボスモンスター、ゴブリンキング。

 王の名を冠するとおり、ゴブリンという種の頂点に位置するモンスターなのだが、獲物である戦斧は砕かれ、その丸太のように逞しい両腕も今へし折られた。


「ギャ、ギャアア……グギャア……!」

「……? 何言ってるか分からない。えい」

「ギャアアアアアッ!」


 涙ながらに命乞いするが、四腕レギオンは意に介さない。小首を傾げ、その両腕を交差させる。

 へし折れた腕が肩から引き千切られ、大量の血が吹き出た。

 どたどたと後ずさり、死体に足を取られて尻餅をつくゴブリンキング。


「戦利品……ごみ?」

「グ、グゥ……」


 ガラスの破片をつまみ上げ、四腕レギオンは不思議そうに首を傾げた。

 彼女は単独で行動している。マスターであるセナは今頃、ナーイアスの案内で精霊がいるとされている泉に赴いていることだろう。


 このダンジョン――もとい集落は、四腕レギオン単騎で攻め落とされたのだ。

 レベルはまちまちだが、ゴブリンジェネラルやゴブリンチャンピオンなどの、他のダンジョンでボスを務められるほどのモンスターが跋扈するこの集落を。

 凡そ一〇万を超えるゴブリンの群れ。ボス級のモンスターが一〇〇以上いるというのに、その尽くが蹂躙されたのだ。彼らにとっては悪夢だっただろう。


「へんなの」


 工芸品……のようにも見えるガラクタを放り捨て、四腕レギオンは死に体のゴブリンキングの頭に足を乗せる。


「グギャ……ギャアギ……」

「お前食べても、レギオンは強くなれない。でも、たくさん殺せば少しだけ強くなる。レギオンがお前殺す理由」

「グ……ォォオオオオオオオオオッ!」


 言葉は通じていなくても、ゴブリンキングは問い掛けた。そして四腕レギオンは答えた。

 四腕レギオンにとって、これは体を慣らすための練習であり、群れレギオンの補充でもあった。どれだけ雑魚だったとしても、群れの総数を増やせばレギオンの強化に繋がる。


 だが、ゴブリンキングからすれば、大して意味は無いと言われているようなものだ。たまたま通り道にいたから潰してみた、ぐらいの気軽なノリで集落を滅ぼされてはたまったものじゃない。

 血涙を流し、慟哭をあげ最期の力で一矢報いろうとする。


「……?」


 その行動の意味を理解できない四腕レギオンは、何を考えているか分からない無表情のまま、ゴブリンキングの頭を踏み潰した。

 熟れた果実を潰すように、或いは地を這う虫を潰すように。

 ぱしゃりと、血と脳髄が弾けた。


「……三つ目。マスターたち空飛んでるから、地上のダンジョンはレギオンが独占し放題」

「ほうだいー」

「たべほうだいだー」

「わー」


 レギオンが捕食できるものは、生物やモンスターに由来するもの全て。小さなレギオンを動員して、このダンジョンじゅうに散らばっているそれらを食べ尽くす。


「(レギオン終わった?)」

「(レギオン三つ目終わり。四つ目どこ?)」

「(ナーイアスが東って言ってた。レギオンも確認した)」

「(じゃあレギオンそっち行く)」


 遠く離れていても、彼女らは同じ存在であるため会話が可能だ。

 四腕レギオンはセナの下にいる二体のレギオンから次のダンジョンの場所を聞き、空の上からの視界を元にその方角を見据える。単体であり群体でもあるレギオンは、たとえ単独で行動していようと、他のレギオンの視界や記憶を閲覧できるのだ。


「…………時間短縮。突風」


 片足を後ろに伸ばした姿勢のまま、四腕レギオンは上半身を伏せる。移動の邪魔になるため二本の腕で自身を抱え込み、残り二本の腕は硬い地面を握りしめる。

 次の瞬間、突風と共に飛び出した四腕レギオンは木々を薙ぎ倒して超特急で大地を駆けた。


 ――四腕レギオンには様々なモンスターの因子が組み込まれている。その中で最も多く使われたのが、純竜の因子だ。そこに雷嵐竜王の素材を加えることで最高位ハイエンドに迫る性能を叩き出している。この肉体の約六割を占めている。


 二番目に多いのはギガントセンチピードで、総量としては三割程度だろう。主に人格形成に用いられ、反射速度はそっくりそのまま継承している。また、口腔内に他の虫系モンスターから継承した𨦇角を備えているため、センチピード種の強い咬合力が強化されている。毒だって分泌できる。


 人間要素はせいぜい皮ぐらいだろう。四腕レギオンは容姿以外に人間らしいパーツを持たない。

 なので残りの一割部分は、身体機能を強化する目的で多数の因子が使われている。まさに、戦闘能力に全振りした個体だ。


「着いた」

「キャンッ!?」

「……また雑魚」


 走ることのみに集中すれば、亜音速にだって届く。数十キロメートルの距離を駆け抜け、四腕レギオンは再び蹂躙を開始した。

 今度は犬頭が特徴的なコボルト種だ。静止した余波で仲間が吹っ飛ばされたためか、尻尾が垂れ下がっている。

 コボルトはぷるぷると怯えているが、残念ながら彼女に慈悲は存在しない。追い詰めて殺して糧にする。人ならば躊躇する状況でも、機械のような無機質さで淡々と殺せるのだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?