「ふう、此は満足しました。とても満足です」
「み……三日も拘束された……レギオンすっごい不覚」
やけに艶々した様子で泉の精霊はセナたちを解放した。
レギオンはこの三日間されるがままだったのが不服なようで、むすっとした様子でセナに抱きついている。四腕レギオンも二日目の時点で合流しており、三人でセナを囲んでいる状態だ。
この三日を自由に使えていたら、今頃は大陸の東に到着できていただろう。
今いるこの大陸ですら半分も踏破出来ていないのに、さらに四つもの大陸が存在しているのだ。それらには討滅しなければならない邪悪が封印されているし、セナ自身が強くなるために魔大陸にも向かわなければならない。
それはそれとして、急ぎ足の旅だったし少しぐらい休憩してもいいか、とセナは考えていた。だから大人しくここで過ごしていたし、なんなら途中からリゾート気分で泳いだりしていた。
ただ、一番まったり過ごしていたのはラーネだろう。彼女はこの三日間ずっと、鉢植えから出て地面に根を張り、のんびりと光合成しているのだから。
「此の我が儘に付き合わせてしまいましたね。人の子もそうですが、こちらのキメラも愛らしい。此と同じ疫病の力を持つ人の子と、邪神の造物でありながらその在り方を否定したモンスター。本当に愛らしい。此は満足しましたよ」
「一方的に撫で回されるの、怖いんだけどね」
「此らが人の子にとって恐ろしいのは当然でしょう。此は泉を護り、泉を冒涜する者に病と狂気を与える精霊なのですから。あなたが其の信徒でなければ、立ち入った時点で殺していましたよ」
去り際にさらっと恐ろしい事実を告げられたセナは、「ですよねー……」と冷や汗だらだらだ。
精霊は神々と違って、派閥や勢力というものが無い。其の権能から発生した現象が意思を持ったような存在なのだから、世界を支えるという意味で中立なのだ。そして、中には複数の権能が混じり合って誕生した精霊もいる。
泉の精霊はその代表とも言える存在だ。〝
故に、弱っていたナーイアスはともかくとして、守護すべき泉が今も在る彼女からすれば、使徒ですらないセナはただの人の子同然なのだ。たとえ、女神の寵愛を受けていようとも。
余談だが、泉の精霊以外にも特定の神の信徒限定で接触可能になる精霊は存在する。
「――じゃあ、出発しよう」
「レギオンはマスターの前……!」
「……レギオンここ」
「むう、じゃあレギオンは後ろ」
セナは忘れ物が無いか確認し、レギオンに騎乗する。セナの前に少女レギオン、後ろに四腕レギオン、更にその後ろに大人レギオンとぎゅうぎゅう詰めである。
いそいそと鉢植えに戻ったラーネは少女レギオンに抱えられた状態で相席した。
ドラゴン型レギオンは背中に乗る人数が増えて震えているが、結局レギオンであることは変わらないから、今後も苦労するのだろう。独立した自我があったらきっと、移動中の負担が大きすぎる! とレギオンの中でストライキを起こしていたかもしれない。
「僕もセナと一緒に飛びたいんだけど」
「マスターの側は定員オーバー」
「レギオン専用。むふん」
イルメェイは「ちぇ」とむくれるように溜息をつき、レギオンの隣で翼を広げた。
「次はイルメェイに運んで貰うから、我慢してね」
「やった!」
好感度がレギオン同様カンストしている彼女は、ドラゴンとは思えないほどセナに対してでれでれしている。飼い犬の如き様相だ。
泉でのんびりしている間も、暇さえあれば「僕にも構えー!」とセナに突撃していた。
♢
《――ワールドアナウンス》
《――エーデリーデ王国がエルドヴァルツ帝国に対して宣戦を布告しました》
《――戦争準備期間終了まで:二四〇時間》
一方、大陸西部ではプレイヤーを巻き込んだ動乱が起きようとしていた。小競り合いではない本格的な戦争。このゲームがサービス開始されてから半年と少し……モンスターでも邪神でもない、人間対人間の大規模な戦いだ。
エーデリーデ王国ではプロカンダを用いてプレイヤーを囲い込もうとする動きが目立ち、プレイヤーが立ち上げた幾つかのクランは報酬目当てで参戦する様子を見せている。ただ、大多数は新規参入者で私利私欲のまま動いているため、十中八九統率は取れないだろう。
対してエルドヴァルツ帝国は、騎士を召集しつつ軍隊を王国との国境に集中させていた。騎士を三人も派遣したうえで、特務部隊まで動かす徹底ぶりだ。名代として、表向きの皇帝を演じるシュヴァルツ家の倅も、騎士に護られながら出陣している。対外的には次期皇帝と発表されている者が出るのだから、両国間の緊張は相当なものだ。