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202.そして蹂躙

「戦争かぁ……」


 ワールドアナウンスを聞き届け、セナは腕を組んで頭を悩ませた。

 戦争ということは集団対集団の戦いが起きるということ。セナが参戦すれば、レギオンの広域制圧力と疫病の広域殲滅力で瞬く間に壊滅させられるだろう。

 しかし、皇帝ヴィルヘルミナからの打診は無い。それはつまり、セナがいなくても何ら問題は無いということ。


 そもそも、帝国騎士はセナ以外に八人もいる。輝騎士メルジーナ、蝕騎士ロンディニウム、虚騎士ルゥルイ。セナが出会った騎士はこの三名のみだが、一対一で戦って勝てるかと訊かれれば、セナはノーと即答するだろう。


 帝国ではレベル100未満の軍人はいずれかの師団に入隊し、神威を修得した者だけが特務部隊に入隊することを許される。その特務部隊の隊員ですら『騎士候補生』と呼ばれることから分かるとおり、神威を修得しただけでは帝国騎士たり得ないのだ。

 其の神気に酔わず、振り回されず、自分の力のように振るえるセナが特別で、異常なのである。


「戦争?」

「なんだそれ」

「何万人も人を集めて、集団で殺し合うんだよ。理由は分からないけど、王国が帝国に戦争を仕掛けるみたい」

「人間同士で争うとか、馬鹿じゃないの?」

「同感です。此も愚かだと感じます」


 イルメェイとナーイアスが辛辣な評価を下すが、世の中の戦争なんてそんなものだ。馬鹿で愚かで生産性の無い行為。けれど、それは客観視できるからこその感想であり、当事者からすれば意味があるのだろう。

 セナはリアルの戦争とは無縁なので、ゲーム内の戦争についてしか知らないが、それでも少しは知識がある。きっかけは何でもいいのだと。難癖だろうと言いがかりだろうと、きっかけになるなら何でもいいのだと。


「マスターは参加するの? 参加するなら、レギオンが敵やっつける」

「わたしがいなくても大丈夫だと思うんだよね。帝国騎士ってみんな強いし」

「では、このまま東に進むということでよろしいですね?」

「うん。まずは手記にあった大渓谷を探そう」


 勝てるから挑むのではない。相手を認めたくないから挑むのが戦争だ。少なくとも、エーデリーデ王国にとっての戦争はそうだ。彼らは負けるとは微塵も思っていないだろうが。

 そしてセナは知っている。エルドヴァルツ帝国はアグレイア七賢人が一人、『呑喰のディアナ』が選んだ騎士によって護られていることを。


 ♢


《――ワールドアナウンス》

《――戦争準備期間が終了しました》


「……聞こえたかよ」

「ああ。準備期間が終わったってことは、もう戦争は始まってるってことだ」


 ベータリマ西部の丘陵。王国軍の陣地は南側にある。

 集められたプレイヤーの数は多いが、その大半は金に釣られた初心者ルーキーだ。情報を蒐集するため検証班のメンバーも何名か紛れているが、それも比較的最近になってメンバーとなった者であり、古参勢は誰一人として参加していない。


 それもそのはず。なにせ前回のイベントで前戦組は、皇帝ヴィルヘルミナの恐ろしさを体感しているからだ。掲示板経由でその情報が広まり、最近の情勢も相まって参加したがるプレイヤーは少ない。

 むしろ。帝国側として参戦したいと宣言する者の方が多いくらいだ。


「――我こそは、エーデリーデ王国第四王子、ハバルト・グレイ・フォン・エーデリーデ! 真実をねじ曲げ、我が民と国土を奪いし帝国の皇帝……いや、略奪者よ! 今こそ天誅が下されるときだ! 正義は我らにこそ在り! 創世神の遣いたる来訪者が我らに味方する現状こそ、その唯一にして絶対の証! 全軍、攻撃開始ィィィィッ!!!」


 金銀財宝で彩られた下品な鎧を装備した第四王子が宣言するや否や、馬に乗った指揮官たちが命令を下す。

 総勢三十万に及ぶ人の群れが一同に動き出した。槍と盾を構え、プレイヤーは各々の武器を手に、意気揚々と進撃する。


 それに対して帝国軍は、三人の騎士だけで相手取る構えだ。それ以外の軍人はみな、丘の上で動かず待機している。


「――《神威:|烈日天威《アマテラス》・黎明金迦れいめいきんか》」


 騎士の中から一人、踏み出した。輝騎士の称号を与えられたメルジーナである。彼女は神威を修得し、鍛錬し、数少ない人物だ。


 彼女は鞘を握るように空を掴み、そこに光が集まっていく。束ねられた光の鞘を握ると、鞘に収まりきらない光が鎧となって彼女を覆う。

 神威の銘は《|烈日天威《アマテラス》》。光を束ね、己の装備とする神威だ。


「光よ、在れ」


 太陽光を束ねた剣を抜き放ち、メルジーナは呟く。剣先を向ける先は、王国軍の左翼中央。

 その次の瞬間、王国軍左翼は壊滅的な被害を受けた。光の奔流が左翼を薙ぎ、範囲内の一切合切を蒸発させたのだ。


「指揮官は避けましたか。直感は優れているようですね」

「いつのまに――」


 光の奔流が放たれる直前、嫌な予感を覚えた男は部下の影に隠れつつ土魔法で穴を掘っていた。エルドヴァルツ帝国の騎士はこの大陸――いや、この世界でも上澄みに値する者だと聞いた覚えがあったからだ。

 開戦と同時に神威による広域殲滅が行われると本能が感づき、自分だけでも助かるために穴を掘っていたのだろう。


 だが、男の懐にはメルジーナがいた。

 目にも留まらぬ速さで接近し、そのまま一閃。真上へと放たれた光に巻き込まれ、指揮官だった男は両足首を残して蒸発した。


「相変わらずぅ、怖いねぇ……ふふふ。僕はぁ、覚えてないけどねぇ」

「貴女も命じられたなら仕事をなさい。そうですね……右翼辺りを壊滅させてみては?」

「そうするよぉ……怖いねぇ、怖いぃ……ふふ」


 次に動いたのは虚騎士の称号を与えられたルゥルイだ。

 覚束ない足取りで王国軍右翼へ近寄り、ゆったりと両の手で目を塞ぐ。


「……《視ることを忘れよ》」


 そして、彼女を視界に収めた人間はみな、視力を失い転げていく。左翼が光に呑まれたと思ったら、自分の手すら見えない闇へと落とされたのだ。

 地面に躓き、仲間に躓き、右翼は勝手に倒れていく。彼らは一様に武器を手に持っているのだから、転んだ拍子に近くの誰かや自分自身を傷つけて、わけも分からぬまま血を流す。


「ふふ、怖いよねぇ……出来て当然のことを忘れるってぇ、とっても怖いよねぇ。《立ち方を忘れよ》《喋り方を忘れよ》《思考することを忘れよ》」


 ルゥルイが言葉を紡ぐ度、右翼を担う王国の兵士たちはそれらの事柄を忘却していった。

 まず、右翼は誰一人として立てなくなった。次に、誰一人として喋れなくなった。そして、誰一人として考えることが出来なくなった。

 ルゥルイが神威を解くか、忘れさせたことを思いださせない限り、未来永劫死ぬまでこのままである。


「あとは中央か。なぜ俺が引っ張りだされたか知らないが、手早く済ませろと命じられたからな。悪く思うな」


 瞬く間に右翼と左翼を壊滅させられた王国軍は、最初の意気揚々とした様子は何処へ行ったのやら。足を止めて怯え始めている。

 プレイヤーは勝てるはず無いと逃げだし、運悪く右翼にいた者はシステムによって保護された思考空間で錯乱し、そのままログアウトした。


「あ、ありえない……我は、俺は、第四王子ハバルト・グレイ・フォン・エーデリーデだぞ……? それが、それが……こんな、呆気なくやられていいはずがない……」


 最後に残されたハバルト率いる中央も、三人目の騎士によって壊滅させられた。

 左翼のように圧倒的な力で消し去られたわけでも、右翼のようにわけの分からないまま機能不全に陥ったわけでもない。

 ただ単純に、視界を覆うほどの物量に押されて負けたのだ。


「俺は錬金術師だからな。一度作ったことがあれば《簡易錬金》で幾らでも量産できる。神威を使えば元手も要らん。正面から挑んできた時点でこうなるに決まってるだろう」


 三人目の騎士の名は、アポロニオス・アルケイシア。錬騎士の称号を与えられた、七番目の帝国騎士だ。

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