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203.大渓谷の洗礼

 王国対帝国の戦争が始まってから数日。三〇万もの大軍をたった三人に壊滅させられた王国軍だが、どうやら無能を囮にして本隊を回り込ませる程度の知恵はあったようで、現在はエリオ辺境伯領南部が戦場となっている。しかも主力本隊には王国最大戦力である〝二十八翼〟の半分が投入されており、戦況は意外にも拮抗しているらしい。


 掲示板で調べてみれば、〝二十八翼〟第七席の『空鏡』がメルジーナの神威による攻撃を防ぎ、第四席の『自在転』が壊滅させられる前に部隊を撤退させ、第九席の『回帰』が負傷者を治していると書かれているのが分かるだろう。

 とはいえ、攻めては返り討ちにされ、撤退して回復しては再度攻めるというイタチごっこのような状況なので、戦力的にも帝国が優勢らしい。それにメルジーナの広域殲滅技が反射されようが、文字通り光速で掴みにいって荒技もたびたび見受けられるので、誰がどう見てもジリ貧というやつだ。


 そして戦争が続いてる最中セナはというと、大陸最東端に存在する大渓谷に到着していた。この大渓谷はグランドキャニオンのような地形をしており、谷底を流れる川は今もなお地面を侵食し続けている。

 また、壁面に洞窟らしき穴が散見されることから、地下には天然の迷路が形成されていると推測できるだろう。


「おおー……!」


 レギオンの背から地上を見下ろして、セナは思わず感嘆した。見渡す限りの大渓谷はまさに絶景。風化していて元の形は分からないが、人工物らしき岩の破片や柱のような物が散乱していたり崩れていたりしていて、より秘境らしい様相を呈している。

 一部、綺麗に抉り取られたような跡も見受けられるが、触ってみれば金属並みの硬度になっているとわかるはずだ。


《――ダンジョン:残骸遺跡の大渓谷に侵入しました》


 そして、この広大な大渓谷は一つのダンジョンである。偶然が重なってボスモンスターが誕生し、誰一人挑む者が現れないまま年月が経過したことで範囲が広がったダンジョンだ。


「このまま空から――っ!?」


 この大渓谷を歩いて攻略するのはとても面倒だ。そう考えボスエリアまで飛んでいこうとしたセナだったが、妨害するように伸びてきた巨大な腕に阻まれる。

 それは岩で構成されているモンスターの腕であり、同時に無数のモンスターの集合体であった。

 巨腕としての名はエルダー・ギガントアーム。そして、構成するモンスターの名はユニオンゴーレム。合体ユニオンの名の通り、複数の個体が合体することで目的に応じた姿になるモンスターだ。


「……イルメェイ、お願いね」

「任せろー!」


 セナは弓を構え、しかしその腕を下げた。セナの扱う疫病は強力だが、無機物にまで影響を及ぼすには神威を使う必要がある。

 だが、神威を使うより手っ取り早く、消耗の少ない解決策がある。それがイルメェイだ。

 出会った頃よりほんの少しだけマシになったが、依然として力の制御がド下手な彼女は、全力で殴って蹴るだけで並大抵の物なら破壊できる。


 お願いされて意気揚々と加速したイルメェイは、エルダー・ギガントアームに蹴りを叩き込んだ。そこに雷の追撃を加えると、手首が破壊されてボロボロに崩れ始める。


「僕にかかればこんなもの……ってぇ、それは狡いだろ!」


 一見するとただ崩れただけだが、エルダー・ギガントアームはユニオンゴーレムの集合体だ。連結を解除し、個々の能力で迎撃を開始する。合体するだけが能のモンスターではないのだ。

 そしてゴーレムは、個体によって異なる機能を有している。ゴブリンなどの人型モンスターが武器を持つように、ゴーレムは環境さえ整っていれば己の体を改造できるのだ。


「レギオン」

「任せて」


 剣などの刃物が飛び出した近接型のゴーレム、筒状の砲身から魔法や礫を発射する遠距離型のゴーレム。

 連結を解除しイルメェイに襲い掛かったユニオンゴーレムの群れはしかし、レギオンの影から伸びた無数の杭で一掃される。


「油断大敵。やっぱりレギオンの方が凄くて強い」

「ぐぬぬ……次は油断しない!」


 どれだけ多種多様であってもゴーレムはゴーレム。材質そのものが変化するわけではない。【寒鋼】で金属としての性質を持たせた影をぶつければ、容易く砕ける程度である。

 イルメェイは次こそ自分でやっつけると意気込んだ。


「……イルメェイ、次どころかその次も来てるけど」

「へ?」


 ところが、セナに言われて地上に意識を向けたイルメェイは、その異様な光景に間抜けな声を出した。

 洞窟だと思っていた壁面の穴から、次々とゴーレムが排出されているのだ。それらは排出された側から合体し、重低音を轟かせて飛翔を始める。

 もはや戦闘機のような様相だ。そんな戦闘機擬きが複数体存在している。


「(燃料とかどうなってるんだろ)」


 岩なのにどうやって飛んでいるのか、セナは素朴な疑問を抱いた。


「だったら纏めて……吹き飛ばぁぁぁす!」


 セナたちの前に出たイルメェイは、大量の魔力を雷に変換して口腔内に凝縮させる。ドラゴンブレスの構えだ。

 いつもなら見当違いの方向に撃ってしまうのだが、今回はド下手な制御力を補うために工夫を凝らしたらしい。


 当たらないなら、範囲を広くしてしまえばいい。

 とても単純で脳筋な解決策だが、確かに範囲を広げれば狙いが多少ずれようと命中する。欠点は、味方より後ろにいると確実に巻き込むことだろう。

 極太のドラゴンブレスが飛行型ゴーレムを薙ぎ払い、ついでとばかりに地上を徘徊するゴーレムも粉砕した。


「ふん、ゴーレムが僕と同じ土俵に立とうだなんて、許すわけないに決まってるだろ。空は僕ら天竜の領域だ」

「……レギオンも飛んでるけど。マスターもレギオンに乗ってるけど」

「セナは特別! あとお前は仕方ないから許してやってるだけだ! 勘違いするなよ!」

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