――そも、ユニークモンスターとは何か。
ユニークモンスターとは、管理者デルタが
では、ユニークモンスターはいつから存在しているのか。
プレイヤーたちは一回目の大規模アップデートから、と答えるだろう。勘が鋭い者なら、設定上は以前から存在していたと言うだろう。
そして、竜王に出会ったことがあるのならば……文字通り最初から存在していたと考える。でなければ齟齬が生まれるからだ。
竜王は邪神戦争の時代には既に存在していた。その竜王はユニークモンスターである。アップデート以降に追加されたのならば、彼らが邪神戦争に参戦し手痛い反撃に遭ったという歴史と矛盾する。
このことから、アップデートで投入されたユニークモンスターはデルタが作成したもののみであり、自力で
さて、【誤謬のルイナ/ファラシー】はどうなのかと言うと……どちらでもあり、どちらでもないが正しい。
「レベル……807……っ!?」
名前と一緒に浮かぶレベルは、脅威の807。【護真のエルダー・ギガンティア】のほぼ二倍だ。セナと比べると四倍以上の差がある。
道中のゴーレムが100未満だったことを考えれば、これは勝たせる気のないボスモンスターだろう。
或いは、徒党を組めばなんとかなるのだろうか。いいや、それも難しそうだ。何故なら、彼女はプレイヤーやNPCのように、コンボを用いるからだ。
『――《マルチロックオン》《ディカプルマジック》《キャストリセット》《ディカプルマジック》《グレーター・オーバーマジック》《アクセラレートマジック》――《グレーター・マジックミサイル》』
怒濤の魔法攻撃が辺り一帯を蹂躙する。
《マルチロックオン》によって全方位に照準を定め、《ディカプルマジック》を二回重ねて《マジックミサイル》の数を一〇〇倍化し、《オーバーマジック》で魔法威力を底上げし、《アクセラレートマジック》で発射から着弾までの時間を一秒未満に加速していた。
魔法を使ったことのあるプレイヤーなら分かることだが、《マジックミサイル》はアロー系の上位魔法であり、威力が上がる代わりに速度が遅くなっている。更に、この魔法を覚えるのはレベル50を過ぎた辺りなのだが、魔法名にグレーターが付くのは修得時の倍のレベルに到達したときだ。
そんな魔法が数百発も展開され、目にも留まらぬ速度で飛翔し、
「(AOEが見えてなかったら死んでた……っ!)」
まあボス戦ではあるので、予兆にさえ気付けばギリギリ回避出来なくもない。
セナはギガンティアの足下に滑り込み、HPが四割ほど削られながらも生存することに成功した。
『……対象沈黙。撃破不明。探知開始』
だが、これで慢心するほど易しいボスじゃあない。
エクスマキナ・ミゼリコルデが姿の見えない敵を探知できたように、彼女にも探知手段は存在する。故に。
――ぞわり。
「っ、《プレイグスプレッド・フェイタリティ》!」
「《ギガントフォール・インパクト》」
セナは探知された時の感覚を知っている。不可視の何かで背筋を撫でられるような、奇妙な感覚を。ミゼリコルデとは違う探知系アーツなのか、以前感じたそれより薄らとした感覚だ。
それを認識した瞬間、セナは疫病の珠を複数生成して煙幕の代わりとする。
「(距離を取るのは悪手。なら、この攻撃を逆手に取る!)」
距離を取ることは出来ない。魔法使い相手に距離を取るのは愚策であるからだ。ロングレンジで魔法を連発されれば、セナ一人では太刀打ちできない。
ならば、ギガンティアの拳を掻い潜るほうがまだ勝機がある。
頭上から振り下ろされる一撃。正確な位置までは把握していないのか、少々狙いが雑だ。身一つで躱そうにも拳そのものが巨大なため難しい。
なのでセナは、マクスウェルの店で購入したマジックアイテムを使うことにした。
それはゴムのように伸縮する縄であり、魔力を込めることで伸縮する長さや速度を調整できる利点がある。本来は罠として使う道具なのだが、セナはこの縄の片側に
「(突起があって助かった!)」
ギガンティアの脚部の凹凸に縄を括り付け、セナは危機を回避した。そこから更に腰部へ移動し、振り切った腕の上部に縄を投げる。
『っ、《グレーター・マジックシールド》!』
魔法の壁が行く手を遮るように出現するが、セナはそれよりも早く宙へと飛び出していた。そしてそのまま、とあるジャングルの野生児のようにぐるりと移動する。
更にセナは、右手で縄を掴んだ不安定な体勢のまま口で矢を咥え、【誤謬のルイナ/ファラシー】へ攻撃を行った。
『……致命的、損傷……っ!』
「言葉が話せる時点でもしかしたらって思ってたけど。やっぱり、ゴーレムじゃないんだね。でも、それと繋がってるなら、これも致命傷になるでしょ」
無詠唱で使用したアーツは《プレイグシュート・フェイタリティ》である。
そのまま縄を縮めてギガンティアの腕に着地したセナは、『轟雷の矢』を弓に番えて射る。ギガンティアが前傾姿勢のため狙いも付けやすい。
『ガ、ァァアアアアア……ッ!』
【誤謬のルイナ/ファラシー】もHPが一気に削れていく。生体ユニットであるが故に疫病が致命傷になるのもそうだが、ギガンティアと接続するためのパーツと融合しているせいで雷が通りやすくなってしまっている。
それでも斃せないのは、
「トドメを……」
『――【誤謬世界】再起動』
目の前のルイナではなく、どこか別の場所から声が響く。すると、隔離された時のように不可思議なオーラがフィールド全域に広がった。
一瞬だけギガンティアの装甲が《|竜撃《ドラゴン・ロア》》によって罅の入った状態に戻り、そこから更に万全の状態へと更新される。HPも元通りだ。
『……標的要警戒。抹殺を実行する』
「それはズルでしょ!?」
つまり、また最初から一人でやり直しというわけだ。
これこそ【誤謬のルイナ/ファラシー】の本領。嘘偽りの世界で相手にだけ消耗を強制する能力。たとえ致命傷を受けたとしても、それは嘘偽りの出来事。【誤謬世界】を打ち破らない限り、彼女に刃は届かないのだ。