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あたしはビー玉を探し出して、金魚鉢に──旦那さんの元へ急いで帰ろうとおもったの。
海の底に吹く風は波となり、砂煙が舞い上がる。
あたしは身体をくるんと翻し、勢いつけて再び海の奥深く、綺羅綺羅光る玉へと両手を伸ばした。
ガチリ!
──きゃっ!
洞穴みたいに大きな口が、あたしの手を齧ろうとした。
──あはははは。
──な、なんなの?
──残念。残念。お嬢ちゃん。これはアタシの提灯だよ。
砂煙をがさつに巻き上げながら提灯鮟鱇がゲタゲタ嗤う。
──なんで、なんでこんな事するのよ!
提灯鮟鱇に抗議をすると、鮟鱇を援護するかのように岩場にへばりついた貝がカサカサした声があたしに嗤いかける。
──ふん! 必死にしがみついちゃってサ。
──なによ。あたし、何にもしがみつかずに泳げるわよ。
私が再び抗議をすると、あらぬ方から声がする。
──違う。違う。
──あんたの旦那。
ぬ。とウツボが方方の洞から顔を出す。
──もう何ヶ月、書けてない。
──あんなんで物書きと云えるかねぇ。
──そうそう。それにさ。
──父親がさ、母親を殺しちゃったんだって。
──頭がイカレていたの?
──きっと、そうさ。だからさ、奥さんが死んじゃった時も。
──病気に見せかけて。
──殺して、庭に埋めようとしたんじゃないか? って。
──父親みたいに?
──そうだ。きっとそうだ。
──あはは。
──あははは。
──あはははは。
──いつも空っぽの金魚鉢に話しかけているって。
──脳がおかしいんだ。
──そうだ。きっとそうだ。
──だって脳先生だもの!
──あはははは。
──あはははははは。
──あははははははは。
──馬鹿云わないでよ!
──あの人のお母様はご病気で亡くなられたんだから!
──あたし、さっき活字の海で見たもの!
──奥さんだって、そうよ!
旦那さんのご家族への侮辱にあんまり腹が立ったものだから、あたしは懸命に抗議をする。
でも、魔女みたいな海の生き物たちの耳にはまったく届かない。
あたしは一刻も早くこの場を離れたくてビー玉の事も忘れて、うんと急いで泳いで泳いで水面まで行って、直ぐにもう一度旦那さんの居るあちらの世界に飛び込もうとしたの。
──パシャリ!
身体が跳ね返される。
まるで硝子があるみたいに向こうが見えるのに、進めない。
あたしは見えない壁を必死で叩いたり、身体を何度も打つけてみたんだけれど、ビクともしない。
──そんな。なんで、どうしてこんな……。
ああ。愛おしいあの人の元へ一刻も早く戻りたいのに。