「雪、止みそうにないですね」
客桟の部屋から見える夜空に目を向け、緑雨は一呼吸してから窓を閉めた。
特上の部屋を借りただけあって、室内には上品で質の高い家具が備え付けられている。
清潔感のある爽やかな薫香の香りが余計にそう思わせる。
「城外で借りた馬も、こう寒いと長時間乗っていられないな。緑雨が冷えて風邪でもひいたら大変だ」
「わたしは大丈夫ですよ。寒い気候の方が得意なので。殿下……、あ、阿愿の身体こそ心配です。大晦日までに五体満足健康な姿で皇宮へ帰れるようにしなくては」
「本人が大丈夫であるのと、私が緑雨を大切にしたいという気持ちは常に同時に存在しているんだよ」
緑雨は懐愿の側に移動し、火鉢に炭を足しながら困ったように微笑む。
二人とも湯浴みから戻って来たばかりなので、湯冷めしないよう、換気に気を付けながら部屋を暖める。
「阿愿はもう寝てください。わたしも隣の自分の部屋へ戻ります」
「まだ亥の刻前なのに? 緑雨は寝るの?」
「わたしは寝ません。阿愿の護衛ですから」
懐愿は緑雨の言葉に口を開けて固まり、胸を手で押さえた。
「……決めた。緑雨が私のことを友だと認識するまで意地でも寝ない。私は数多の戦場を経験しているのだ。三日三晩寝ないことなどよくある」
懐愿はその場から動かないという意思表示の為か、目の前の杯になみなみと熱い茶を注いで飲み干した。
緑雨は選ぶ言葉を間違えたと反省し、机を挟んで懐愿の向かいに腰かけた。
「ごめんなさい。仕事柄、知り合う方々は多いのですが、友と呼べる人は出来たことが無くて……。その、どうすればいいのかわからないのです」
雨に濡れた子犬のように庇護欲をくすぐる緑雨の目に、懐愿は溜息をついた。
「私はどうも緑雨相手には不機嫌を貫けないようだ」
ふわりと甘さを含む優しい笑顔が、緑雨の戸惑いを包み込む。
「私も、友人として認めてもらうよう急かしてしまってすまない。まずは何でも話すことから始めよう」
「ありがとうございます」
微笑む緑雨を見て懐愿は頷くと、お互いの空になった杯に茶を注いだ。
「いきなりあれこれと質問するのも困ってしまうだろうから……。そうだな、ううん……」
色々と聞きたいことを思い浮かべながら、懐愿は緑雨を見つめる。
「手始めに、緑雨が佩いているその剣について教えて欲しい」
そう言って懐愿は緑雨の剣に視線を移した。