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第五集:警戒 第二部

「雪、止みそうにないですね」

 客桟きゃくさんの部屋から見える夜空に目を向け、緑雨リュユーは一呼吸してから窓を閉めた。

 特上の部屋を借りただけあって、室内には上品で質の高い家具が備え付けられている。

 清潔感のある爽やかな薫香の香りが余計にそう思わせる。

「城外で借りた馬も、こう寒いと長時間乗っていられないな。緑雨リュユーが冷えて風邪でもひいたら大変だ」

「わたしは大丈夫ですよ。寒い気候の方が得意なので。殿下……、あ、阿愿アーユェンの身体こそ心配です。大晦日までに五体満足健康な姿で皇宮へ帰れるようにしなくては」

「本人が大丈夫であるのと、私が緑雨リュユーを大切にしたいという気持ちは常に同時に存在しているんだよ」

 緑雨リュユー懐愿フゥァイユェンの側に移動し、火鉢に炭を足しながら困ったように微笑む。

 二人とも湯浴みから戻って来たばかりなので、湯冷めしないよう、換気に気を付けながら部屋を暖める。

阿愿アーユェンはもう寝てください。わたしも隣の自分の部屋へ戻ります」

「まだ亥の刻二十二時前なのに? 緑雨リュユーは寝るの?」

「わたしは寝ません。阿愿アーユェンの護衛ですから」

 懐愿フゥァイユェン緑雨リュユーの言葉に口を開けて固まり、胸を手で押さえた。

「……決めた。緑雨リュユーが私のことを友だと認識するまで意地でも寝ない。私は数多の戦場を経験しているのだ。三日三晩寝ないことなどよくある」

 懐愿フゥァイユェンはその場から動かないという意思表示の為か、目の前の杯になみなみと熱い茶を注いで飲み干した。

 緑雨リュユーは選ぶ言葉を間違えたと反省し、机を挟んで懐愿フゥァイユェンの向かいに腰かけた。

「ごめんなさい。仕事柄、知り合う方々は多いのですが、友と呼べる人は出来たことが無くて……。その、どうすればいいのかわからないのです」

 雨に濡れた子犬のように庇護欲をくすぐる緑雨リュユーの目に、懐愿フゥァイユェンは溜息をついた。

「私はどうも緑雨リュユー相手には不機嫌を貫けないようだ」

 ふわりと甘さを含む優しい笑顔が、緑雨リュユーの戸惑いを包み込む。

「私も、友人として認めてもらうよう急かしてしまってすまない。まずは何でも話すことから始めよう」

「ありがとうございます」

 微笑む緑雨リュユーを見て懐愿フゥァイユェンは頷くと、お互いの空になった杯に茶を注いだ。

「いきなりあれこれと質問するのも困ってしまうだろうから……。そうだな、ううん……」

 色々と聞きたいことを思い浮かべながら、懐愿フゥァイユェン緑雨リュユーを見つめる。

「手始めに、緑雨リュユーいているそのつるぎについて教えて欲しい」

 そう言って懐愿フゥァイユェン緑雨リュユーの剣に視線を移した。

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