俺が天を仰いだのを見て男は笑う。
「はは、威勢の良い事を言っておきながら結局は諦めるのか」
小馬鹿にしたような笑いなどすぐに消してやるよ。
(シェンヌが俺の事を知っているならば、気づいてくれるはずだ。俺が何の神で、何から力を得ていたのかさえわかれば)
男の注意がシェンヌから逸れた。
その隙を逃さず、シェンヌは胸の前で両手を組み、祈る様な動きで力を使う。
「なぁ、お前……名は何て言うんだ。俺だけ知られてるっていうのは、公平じゃないだろ」
シェンヌの行動を阻止されぬよう、注意を引く為に聞いてみる。
「そんなの、お前に言う事じゃねぇよ」
「じゃあ、先刻言っていたハディスとは、なんだ」
苦しい息の下、それでも会話を続ける。
木々がざわざわと動く。シェンヌの力が浸透し始めたのだろう。
「俺達の種族の事だ。お前ら身勝手な神達に追いやられた者達のな」
「何の事だ。もしかして外敵……黒い人型のあの化け物達は、お前の仲間か?」
追いやったなど身に覚えはない、思い至るとしたらそれしかないのだが。
「仲間じゃねぇよ。あれは、お前らが生み出した奴らだ」
「何?」
どう言う事だ? あれらは昔から俺達に害を為す存在としていて、それらを狩るのが俺の仕事だった。
(なのに俺達が生み出しているなど、一体どういう事だ)
「俺達はあんな奴らを生み出してはいない」
「無知は罪だねぇ。まぁ直に死ぬんだから知らなくても別にいいだろ」
その時、地鳴りが起こり、周囲の木々達が一斉に動く。
「な、何だ?」
まるで予測していなかったのか、男に戸惑いが見られた。
そんな中、頭上にあった木々や葉がなくなり、俺らに向かって日の光が差し込んで来る。
「ぐうっ!」
眩しいのか、男が光を避けるように顔を手で覆い、後ずさる。
俺を捕えていた黒いものも緩んでいく。
「シェンヌ、避けろ!」
男の側にいたシェンヌに声を掛け、俺は拳に炎を纏わせた。
太陽の光により神力が増し、そして隙だらけな今なら、やれるはずだ。
「なぁ、自分が口説く女の事はもっと知っておいた方がいいぞ」
今度こそ俺の拳は男の体を捕えた。
「ああああああああ!」
男の体が炎に包まれ、絶叫が木霊した。
のたうち回る男に更に炎をぶつける。
肉が焦げる嫌な匂いがそこら中に漂い出した。
シェンヌはそんな男から目を逸らし、俺のもとに駆けて来る。
「シェンヌ……シェンヌ」
男が手を伸ばしてくるが、シェンヌは涙を零しながら首を横に振り、拒否をする。
「逆らわないように囲い込むことが、愛する事ではないんだぞ」
伸ばされた手は力なく地に落ち、そうして俺の体に力が漲ってくる。
(これは、この男の力か……)
外敵を倒した時も力は増えたが、この男から流れて来る力はそれらの比ではなかった。
それだけこの男の力は強力であったという事だ。
(シェンヌと運に助けられたな……)
もしもシェンヌの援護がなければ、日の光が弱ければ倒せなかったであろう。
目を瞑り、名も知らぬ男の最期をただ見送った。
◇◇◇
「ありがとうございました」
「礼を言うのはこちらだ。俺を始末せずにいてくれたのだからな」
あの男に引き渡すこともなく匿ってくれてそして再び傷を癒してくれたのだから、礼を言われる覚えはないあ。
(これでルナリアも心を痛める事はないだろう)
間接的とはいえ地上の神が減り、手薄にしてしまった事であのような暴漢が出たのだから、今後も別な地で同様の事があるかもしれない。
「それでもあなたは私を助けてくださいました。他の神を頼る事も出来なかった中であなた様が来て下さりまして、本当に嬉しかったです。あなたなら絶対に私を見捨てる事をしないと信じていましたから」
あの男は相当強かった。
相性の良さで倒せたが、普通の神であればかなり手こずっただろう。そう思えば対峙するのが俺で良かった。
「偶々だ。ではな」
もうここに居る必要はない。早く天空界に戻る手段を見つけないといけないからな。
「待ってください、せめてお礼を」
「これ以上何もいらない。今後は気をつけるんだぞ」
そう言って立ち去ろうとする俺の腕にシェンヌが抱き着いて来る。
「シェンヌ?」
「お願い致します、私を貴方様の側に置いてください。必ず役に立ちますから」
「は?」
顔を赤らめそう言われるが、唐突過ぎて思考が追い付かない。
「ソレイユ様だって、私の事を好いて下さっているでしょう? お礼も求めず助けてくれるなんて、普通はあり得ないですわ」
生憎とそんな気はない。
「すまないが、そんなつもりもないし、受け入れる気もない」
「で、でも」
俺は尚も縋りつくシェンヌの手をそっと外す。
潤んだ瞳やか細い体は庇護欲をかきたてるものだろう。けれど慰めるなんて事はしない。
そんな中途半端な事をしては余計期待を持たせ、辛い思いをさせるだろう。
それにそんな不誠実はルナリアにも失礼だ。
「俺には妻がいるからその申し出は受けられない。さらばだ」
「つ、妻……?」
信じられないといった表情のシェンヌに俺は頷いた。
「だから君の想いに応える事は出来ない。さらばだ」
バッサリと言い切り、俺はその場を後にする。
やがて嗚咽が聞こえてくるが振り返る事はしなかった。