頭ががんがんとして、体も動かない。
動かせない、というか何か重いものが圧し掛かり、動くことが出来ないのだけど。
(もしかして、ソレイユ?)
この温もりは覚えがある。彼に触れられ、抱きしめられている時と同じだ。
「!!」
無理矢理に体を動かし、何とかその重みから抜け出そうと藻掻く。
ソレイユはもういないのだ。
早く離れたいのだけれど、腕についている枷のような物が邪魔で思うように動けない。
慌てて神力を使ってそれを外すが、焦り過ぎてしまって掴まれて赤くなっていた箇所から血がでてしまう。
けれどそんな事に構ってなんていられない。
「ど、いて……!」
わたくしを抱きしめていたリーヴの体をどうにか押し除けて、ベッドから降りる。落ちていた服を拾い、距離を取る。
「ルナリア……?」
彼はぼんやりとしており視界も定まっていない。
今の状況を理解していないようだが、それを見て余計に怒りが募る。
「最低だわ!」
何も纏っていない自分とリーヴを見れば自分が気を失っている間に何をされたのかなんて、考えなくてもわかる事だ。
抵抗も出来ない時にこのような事をするなんて、そして呑気に眠り込むなんて。
自然と涙が零れ落ち、とめどなく溢れて来る。
彼は瞬きを繰り返してわたくしを見ていたが、少しして笑顔になる。
「ルナリア、おはようございます。君は本当に綺麗ですね、涙も美しい」
この状況でそんな事を言えるなんて、本当に頭がおかしい。
「ふざけないで!」
「ふざけてなどいません。それよりまだ辛いでしょう、もう少し一緒に横になりませんか?」
そう言って手招きをされるが近づくわけがないじゃない。
「あなたの隣なんて嫌です」
「僕らは夫婦になったのですから遠慮は要りませんよ。もう名実ともに結ばれましたし」
「わたくしはあなたと夫婦になんてなっていない……」
そんなの、認めない。認めたくない。
「こんな状況なのに、まだそう言うのですか? いい加減に諦めなさい」
まるで幼子を諭すようにリーヴは優しい口調で語りかけて来る。
「ルナリアは何故ここに居るのか覚えていますか? 僕と夫婦になる為に来たのですよ。そしてそれは皆が認めている事です」
リーヴが立ち上がり、衣類を纏ってこちらに近付いて来る。
「こ、来ないで」
拒否をしても聞いてくれるわけはなく、わたくしもリーヴが近づいてきた分後退してしまう。
「君は就任したてだというのに天空界より出され、海底界まで連れて来られた。でもそれは僕が無理矢理にした事ではない。天上神の愛し子を許可なく連れ出すなんて、いくら僕でも出来ませんからね。誰にも止められず、誰にも咎められず私室に誘えたのは、誰も反対をしなかったからですよ」
ついに下がる事が出来ない壁際まで追い詰められる。
「君が拒否したところで何も変わりませんし、助けを求めても誰も耳を貸しません。僕と君の関係は天上神様が認めている、他の誰が何を言おうと覆らない。君を守るソレイユだってもういないのです」
「あ、あぁ……」
頬に触れられるが、後ろは壁で逃げ場がなく身動きも取れない。
(たとえ今リーヴに攻撃を仕掛けてもまた止められるだろう)
力の差があり過ぎて、時間稼ぎにすらならないのは、気を失う前の事で理解している。
(わたくしは、何も出来ないの?)
突破口を何も見いだせない。
ならばと自分に向けて力を出そうとしたが、その前にリーヴに止められる。
「死んではいけませんよ、君は次期海王神の妻です。もう君は君だけのものではない」
リーヴの手がわたくしの首にかかると、途端に熱くなる。
「何を、したの?」
慌てて振りほどき触ってみるが、変化が分からない。
「君が僕のものだという証を入れたのです。もう僕の許可なしで死ぬことは出来ませんよ」
「何てことを……」
自死すらも許されないのかと、心に再び絶望感が這い上がる。
(このままここで、この方の妻として過ごさなくてはならないの?)
ソレイユが死ぬきっかけとなった海王神がいるこの海で、好きでもない男と一緒に暮らさなくてはならないなんて。
涙がぽろぽろと溢れ、言葉も出ない。
「大丈夫です、大丈夫。これからは僕がずっと側にいますから、大事にします」
リーヴが優しくわたくしを抱きしめる。最早抵抗する気力もなく、体にも力が入らない。
何をしても無駄なのだと諦めがついてしまった。
「もちろん僕以外の、この海底界に住むもの皆で君を大切にしていきます。ルナリアは僕の子を産む、かけがえのない女性ですから」
優しく体を撫でられ嫌悪を感じるが、リーヴの手すらも振りほどけない。
こんな穢れた自分をもう大事になんて出来ないと思ったから。
(ソレイユに会わせる顔がない)
自分が酷く醜い存在に成り下がってしまったとしか思えず、自分の体に触れる事も出来ない。
涙を流すわたくしにリーヴは優しく寄り添い続けてくれた。