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第25話 逃げられない、逃がさない

 リーヴを足止めしている隙に逃げようと、窓に手を掛けた時、高笑いが室内に響く。


「こんな脆い力しかないのに、本気で僕から逃げられると思ったのですか?」


 パキパキと氷が割れる様な音を立てて、わたくしの力が解かれていく。


(いくら何でも早過ぎる)


 急いで窓を開けようと力を使うが、まるで動かない。


「どうして?」


 押しても引いても窓は動かず、叩いたところで何の動きも見られない。


「単純な話です。僕の力の方が上だから、君では窓を壊すどころか開ける事も出来ません」


 ゆっくりと立ち上がったリーヴが、笑みを浮かべたままわたくしに近付いて来る。


「信じていたのですけどね、ルナリア……ですが君は僕を裏切った」


 口元は確かに笑っているのだが、その目はギラギラとしていて恐ろしさしかない。


「こ、来ないで!」


 震える体を何とか鼓舞し、逃げようと考える。


 しかし窓は開かず、ドアを出て逃げるにしてもその前にリーヴに掴まる方が先だろう。


 他に行き場もないし、力でも叶わないからなす術もない。


(逃げられないならば、いっそ――)


 自分の胸に手を当てて自死を試みようとしたその時、急に窓が音を立てて開く。


 怒涛の海水が室内に流れ込んでくるが、しかしその海水はまるで意思があるかのように動く。


「!!」


 多量の水がわたくしの体に纏わりつき、呼吸と自由を奪う。


(息が!)


 大量の海水のせいで動くことも出来ず、不意を突かれたせいで力も出せない。


 意識が朦朧として、視界もぼやけてきた。


(あぁでもこれで死ねる……)


 これでソレイユのもとへと行けるのならばいい、そう思ったのに耳朶に響くのはリーヴの残酷な言葉だ。


「死なせはしませんよ。君は僕の妻としてここでずっと暮らしていくのです、ソレイユの許に送るなど、そんな事誰がするものですか」


 リーヴの楽しそうな声が聞こえてきた。望んだ死はどうやら与えられないようで、希望も断たれる。


(こんな方と一緒にはなりたくないのに。あぁもう駄目……)


 リーヴの力が強すぎて指先一つも動かせぬまま、視界が黒に塗り替えられていく。



 ルナリアの意識は闇へと落ちてしまった。






 ◇◇◇





 ようやく大人しくなったルナリアの体を僕は優しく抱きかかえる。


 長い髪や服が顔や肌に張り付き、煽情的だ。


 普段の姿も綺麗だが、濡れそぼった姿もまた艶めかしくて美しい。


「君が悪いんですよ。僕は手荒な真似などしたくなかったのですが、抵抗するから仕方なく」


 気を失い返事もないルナリアの頬にキスをした。


 その頬は濡れているせいかやや冷たいので、可能な限り水を除去する。


「ようやく手に入れたのですから逃すわけがないというのに、本当に愚かで可愛い女性ですね」


 部屋の中でゆらゆらと漂っていた海水を繰り、外へと戻してから窓を閉める。


 その時バタバタという足音とノック音が聞こえた。


「リーヴ様、大丈夫でしょうか? 結界の揺らぎを感じたと報告がありましたが」


 この建物には結界が張ってあるから異常を感知したのだろう。


 滅多に窓など開けないし、こんな海の底で外からの侵入などほぼないに等しいから驚いただろうな。


「大丈夫です、気分転換に窓を開けただけですから。それよりもしばらく誰も近付けないように言伝をお願いします。何かあれば呼びますので」


 部下の遠ざかる足音を確認してから、ルナリアをベッドに横たえ服を脱がせる。


「何て綺麗なんでしょう」


 さすが天上神の秘蔵っ子だ。しっかりと管理されとても大事に育てられたとは聞くが、見ただけで他の者と違うのが分かる。


 肌の滑らかさもきめ細やかさも、そしてあるべきところはふくよかで……思わず息を飲んでしまう。


 正直女性に不自由した事はないし、綺麗な者も沢山いた。


 けれどルナリア程美しく、神力のある女性はなかなか出会えなかった。


 天上神の娘という事で、もっと強い力を内包しているだろう。


 戦いになれていないから力の使い方を知らないようだが、きちんと教えればもっと強くなりそうだ。


 そしてこの強い力が子どもに受け継がれれば、ますます海底界は発展するだろう。


「やはりソレイユには勿体ない」


 あの女っ気のないソレイユが落ちるのもわかるが、異母とは言え兄妹だ。


(真面目なソレイユに道を違えさせるなど、意外と悪女なのかもしれないですね)


 それもまた面白いなと思いながら、先程僕がつけてしまった跡に重ねるように手を重ねた。


「また暴れられると困りますね」


 暫くは目を覚まさないとは思うが、念のために腕に枷をつけ、服を脱いで彼女の上に覆いかぶさる。


 二人分の重みでややベッドが軋み音が鳴るが、ルナリアが起きる気配はない。


「ルナリア……僕の妻になりなさい」


 逸る気持ちを抑え、滑らかな肌に手を這わせる。頬、首筋、胸元を通り、そしてその下まで――







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