渋るルシエルからルナリアを受け取る。
(軽いな)
華奢な姿から想像できる細さだ。一体これでどうやって生きてきたのか。
(こんなにも儚く小さい体なのに、あんなにも激しい面もあるのだなぁ)
人形のような見た目なのにと思わず見とれていると、父の手がルナリアの頭に乗せられる。
「暫く起きる事はなさそうだが念のためだ。途中で起きて暴れでもしたら危ないからな」
父は気を失っているルナリアを更に深い眠りへと誘わさせた。
ルナリアについての仔細を彼女付の神人から聞き終え、いざ海底界へと帰ろうとした時に呼び止められる。
「海王神様、リーヴ様。お待ち下さい」
ルシエルが部下も連れずに僕達の前に立ちはだかる。
「何か用か?」
父が応対してくれるが、やや緊張してしまう。
まさかとは思うけれど、ルナリアを取り戻しに来たのかもと思ったからだ。
「最後に一つだけお願いをしに来ました。くれぐれもルナリアを大事にするという約束を守って頂きたく、再度確認に来たのです」
たかがそんな事を言う為に一人で来たというのか。
「言われずとも守りますよ。それにしても僕達はそんなに信用がないでしょうか」
思わず非難めいた事を言うが、ルシエルは顔色も変えない。
「ルナリアはずっと傷ついてきましたからね、兄として心配なだけです」
父の口から笑い声が漏れる。
「過保護だな。安心しろ、跡継ぎを生む大事な娘だ。死なせはしない」
ルシエルの目が僅かに鋭くなる。
死なせはしない、など最低限の保証にしか聞こえなかったのだろう。
「……リーヴ殿。くれぐれも任せましたよ」
何かを言われるかと身構えたが、当たり障りのない言葉だけで終わる。
「言われなくともわかっています。それでは失礼しますね」
ルシエルは何も言わず、そのまま僕達を見送るに留まった。
随分と心配性、いや父の言う通り過保護なのだろう。
「リーヴ、ルシエルには気をつけろ」
「気をつけろとは、何の事です? ルナリアを取り戻そうとかですか?」
いくら何でも彼がそんな大それたことをするようには見えない。
それこそ戦争を起こすレベルになるからだ。
「弟を平気で切り捨てたが、目的の為なら手段を選ばない奴だ。冷静に見えて何をしでかすか……俺様も全てはわからん。とにかく迂闊に心を許すなよ」
「わかりました」
確かに彼はあんなにも仲が良かったソレイユをあっさりと見限り、止めを刺している。
(彼もやはり権力に弱いという事でしょう)
あのままルシエルが手を下さなくても、ソレイユの命はなかった。それでも殺しにかかったのは、天上神や周囲からの心証を良くするためだろう。
これからも天上神の駒として生きるという事を示す為のパフォーマンスもあったのではないか。
彼もまた最高神の跡継ぎとしての自覚があるだろうから、おおよその事は共感できる。
いずれは彼と僕は肩を並べて仕事をする時が来るのもあるし、ルナリアの兄と言うのもあって、仲良くしておいて損はない相手だ。
(ソレイユのような粗雑さもないしな)
そうして諸々の事があったが、僕達は無事に海底界へと帰ってきた。
「僕の妻です」
父と別れて自分の宮殿へと帰りつくが、皆に突然の結婚で驚かれた。
まだ戸惑いはあるものの、僕の説明を聞けば異論をいう者もいない。
(まぁ僕に向かって意見するものはいないけど)
とにかく大きな混乱はなく、そのままルナリアを寝室に連れて行く。
その間神人達に急ぎ彼女の身の回りの事を整えるようにとだけ命令して、部屋に籠る。
彼女用の部屋や衣類、そして食事など準備するものは大いにある。大変であろうが、目覚めるまでに何とかしてもらわないと困るな。
ルナリアに不自由な生活はさせたくない。
「早く目覚めてくれると良いのですが……」
最初は戸惑うだろうけれど、君も僕を知ればきっと好きになる。
出会う順番を間違っただけなのだから、それを正せばいい。
そう在るべき関係になる事がルナリアの幸せだから。
「ここで暮らせばあの男の事はいずれ忘れるでしょう」
海の底で厳重に囲えば彼女はもう逃げられない。
海は自分達の領域だ、空の神も容易には侵入できない。
「海と月は密接な関係ですからね。君もそれはわかっているはずです」
それに僕は彼女が気に入っている。
儚く見える外見とは裏腹に、内側には許されざる恋に落ちるほどの熱い心を持っている。
あの視線が自分に向いて欲しい、独り占めしたい――
けれど、目を覚ました彼女は僕との婚姻を拒んだ。
「わたくしはあなたと共に生きるくらいなら、死にたい」
それどころかソレイユの許へ行くと言い、僕に逆らって攻撃までしてくるなんて。
(そんなにソレイユが良いというのか?)
柄にもなくカッとなってしまって手荒なことをしてしまった。
「君が悪いのですよ、僕がこれ程気にかけているのに」
再び気を失った彼女をそっと寝かせ、ゆっくりと触れる。
(やはり美しい……)
何故自分を向いてくれないのかという苛立ちはあるものの、それでも嫌いになれないのは惚れた弱みだろうか。
頬をなぞり、首筋、胸元、そして腹部へと触れた時、何かの力が体に流れ込んできた。
「?」
それが何かを認識するより早く、視界が暗転する。
次に目を覚ました時、彼女は既に起きていて、そして涙を零しながら僕を睨んでいる。
「最低!」
乱れたベッド上に血がついており、お互いに衣類を纏っていない。
気怠い体に彼女の反応。
手にはあの柔肌の感触が残っており、鼻腔にしっかりと彼女が放つ花の香が残っている。
覚えてはいないがつまりはそう言う事だろう。僕と彼女は結ばれた。