リーヴが所用で出かけた為、今日はわたくし一人での食事となった。
ここに来て初めての一人の食事という事で、緊張が少し解けていたのだけれど、部屋に運ばれてくる料理の数々に驚く。
「あの、この沢山の料理は……?」
普段食べる果実ではなく、魚介や肉など今まで口にしたこともないばかりだから、尚更困惑してしまう。
色とりどりで見た目も綺麗なのだけれど、慣れない匂いにたまらず口元を押さえてしまった。
「お気に召しませんか? 折角ご用意したのですが」
料理人の男性と給仕の女性が困った顔をしている。
「このように沢山用意して頂いて悪いのですが、わたくしお肉などは食べられないのです。すみません」
心苦しく思うが、どうしても食べられない。
体質なのだろうか、小さい頃から肉も魚も食べることが出来ない。
(無理に口にしなくていいと母にも言われたから、一度も食べた事がないのよね)
母もそうであったと聞くし、父は何も言わなくても肉などを出したことはない。
大して気にも留めていなかったのだが、どうやら自分は余程変わっているようだ。他の人と食事をした事がなかったから、今まで知らなかった。
宴で具合を悪くしたのもこの慣れない料理の匂いも原因だったのではないかと、今になって思い至る。
「……そうしてあたし達を見下しているんですね」
「え?」
冷ややかな声が響いた。
「海の民が作ったものは食べられないって言いたいのでしょ? お高く止まってさ」
「違います、そのようなつもりはありません。本当に食べられなくて……」
そんなつもりはなかったのだけれど、傷つけてしまった事はわかる。
一気に不穏な空気が部屋に浸透した。
「普段からリーヴ様の好意を無下にするくせに、どう信じろと言うんだ。折角食事に誘って下さるのに一切口もつけないなんて」
それを言われると弱い。
けれど彼も自分が食べられないことを知っているから、同じ席に着くものの食べることを強要はしたりはしない。
食堂は広いからまだ何とかなるけれど、私室ではどうしても匂いがこもり、体調がますます悪くなる。
今も結構苦しいのだけど、言える雰囲気はない。
(空ならば、こんな事起こらないのに)
天空界なら窓を開け、絶えず空気を入れ替え出来るからこのような事にもならないと思う。
海底という閉ざされた空間にいる事も大分ストレスなのだろう、その事もあって増々不調に拍車がかかっているようだ。
「リーヴ様の優しさにつけ込む性悪女ね。だいたい可愛くもないのになんでこんなのが嫁になんて来たのかしら」
真っ向から悪口を言われて、それにもまた吃驚してしまう。
狭い世界しか知らなかったから、もしかしたら悪く言われていたのかもしれないけど、このような事初めてだからどう返したらいいのかわからない。
自分が良い神とは胸を張って言えないから、尚更言葉に詰まる。
でもリーヴの優しさに付け込んだという言葉は引っかかった。
(別に来たくて来たわけじゃないのよ。リーヴが望んだから連れてこられただけで)
事実を知ったらどう思うだろう。けれど今はそんな議論を交わす時ではないし、素直に聞いてくれそうには思えない。
自分を疎ましく思う神人達の誤解なんて、どう解けばいいのだろう。
(何を言っても言い訳にしか聞こえてないから、信じて貰えるかわからないわ)
今はとにかく彼らの怒りを鎮めたい。
「わたくしはリーヴ様を誑かしてはいないし、あなた方を見下すつもりもありません。けれど習慣の違いで不快にさせてしまった事は、申し訳なく思います」
あまり刺激をしないようにと言葉を選んだのだけれど、それでも納得はしてくれないようで、依然として不機嫌な表情だ。
「これからもここに住むというのなら、こちらの習慣に合わせて貰わないと困ります」
それはわかる。けどずっとここに住みたいなんて思ってはない。
(それを言ったら更に怒らせてしまいそうだわ)
しかしリーヴはどう説明してくれたのだろう、わたくしを海底界の皆で守るというような事を豪語していたのに。
リーヴを信用するという事の方が元々間違いなのだろう。
「ここには他にも天空界から来た方々も訪れます。ルナリア様のような方は今まで聞いたことはありません」
「なるほど、わたくしのような者はいなかったと」
つまり食わず嫌いだと思われているのだろう。
それならば知らずに強制するのも仕方ないのかもしれない。
(待って。もしかして運が良ければこのまま死ぬことが出来る?)
自分で命を絶つことはリーヴの神力で封じられてしまったけれど、これならば自分で命を絶つ行為にはならないのではないだろうか。
(ただ食事をするだけだもの、条件には合わないだろうし)
このような呪いのような縛りは条件が複雑だけれど妙な所で緩いと聞いた。
だからきっとこれで体調に異変が起きても、リーヴの力は発動しない可能性がある。
ただ問題は食事を出来るかだ。
リーヴの力に関わらず、体が既に拒否反応を示していた。
それこそ命の危機に瀕しそうだからかもしれない、でもだからこそ試す価値がある。
おずおずとわたくしは食事に手を伸ばす。
きっと他の方なら良い匂いというのだろうけど、わたくしにとっては悪臭にしか感じられない。
(これを食べればもしかして……)
しがらみから解放されると考えれば、簡単な事だ。一つ深呼吸をして思い切って口に入れる。
未知なる味と触感、襲ってくる眩暈と嘔吐感。
わたくしは溜まらずスプーンを取り落とし、そして椅子ごと倒れてしまった。
記憶にあるのはそこまでだ。