俺に触れる事なく灰となったアロウネは風に乗って更に散り散りになって、消えていった。
「お怪我は大丈夫ですか?」
アテンの心配する言葉を聞いて、俺は自身の体を見下ろす。
多少切れて出血しただけで動くことに支障はないが、見た目で言えば確かに気になるだろう。
「これくらいは何ともない」
治すことは俺には出来ないから跡は残るかもしれないが、痛みは少ない。
そしてアロウネを倒した事で力が増したのを感じられた。
「なぁ、こいつは一体何だったと思う?」
「何なのでしょうか……人も神も関係なく襲うというのは外敵と同じですが、個性があり、言葉を話す。そのような事は今までなかったと思います」
「ですね。見た目も今までの外敵と全然違う、けど持ってる雰囲気は外敵と同じだ。異質で異様で不気味です」
アテンは顎に手を置いて考え込み、ニックはいまだ落ち着かないのか泣きそうな顔をしている。
「同じなのか異なるものか……誰か詳しい者がいればいいのだが」
倒すと力が増えるのは嬉しいが、その原理がわからないのは何とも不気味だ。
得体のしれない力を吸収するのはやはり気持ちがいいものではない。
(いや、そもそももっと前から疑問に思うべきだったな)
天空界などで外敵を倒した時も同じなのだが、昔はそれが当然の事と思っていた。
疑念がわかなかったのは、皆がそう言っていたからそのまま信じてしまったのがある。
刷り込みのようなものか。
「地上にはこういう者がいるとは、ぜひ地母神様に詳しく話を伺いたいものだ。落ち着いてからだがな」
地上界の最高神であればこの件に詳しいだろう。
ここに来ての短期間で既に二体と遭遇したのだ、もっと多くいても何らおかしくない。
(実は問題になっていたのではないか?)
シェンヌのように被害に遭い困っている神もいたし、地母神が把握してないとは思えない、天空界に報告がされていなかっただけだったのでは?
海王神が三界の中が本当は良くないと示唆していたのはこういうところか……
俺が知り得ない事など沢山あるだろうが、こんな状況でずっと過ごしていたのかと思うと自分の無知さに腹が立つ。
「ところでここに居たであろう地上の神はどうなったのでしょう」
アテンの言葉にハッとなった。
地上界は天空界と違い管轄地が多いために、あちこちにその土地を守る神がいるはずだ。
本来であればアロウネのような者が跋扈していていいわけがない。
「動くな」
声と共に地面から鋭い棘が突き出してくる。
「誰だ」
俺達の周りに急に現れた棘は俺達を囲むように次々と増える。
空を飛ぼうとすれば串刺しにされるだろう。
「それはこちらの言葉だ、貴様らは一体何者だ」
黒髪と褐色の肌の男達が数名武器を構えて俺達のもとに現れる。
気配から地上の神のようだが、見覚えはない。
「どうしましょう、これ逃げられませんよね」
ニックはまるで子犬のように縮こまり、青い顔をしている。
「これくらいで狼狽えるんじゃありません、恥ずかしい。もっと毅然とした態度でいなさい」
気合を入れるようアテンが叱咤する。
「怪しいものではない。俺達は天空界から来たもので、この辺りから怪しい気配を感じ、敵を倒しただけだ」
必要最低限の答えを言うが、男達の警戒は解けない。
「救援要請は出していないはずだが?」
いつもであればそれを受けてから地上に来るから、確かに少し不自然だったか。
「たまたま近くを飛んでいたら外敵を見かけたから倒した、本当だ」
アロウネに出会ったのは偶然だから嘘ではない。
少し悩んだ後、男の一人が口を開く。
「……あの化け物を倒したのか?」
「あぁ。あの蜘蛛女の事だろう? 悍ましい見た目だったな」
「どうやら本当なのだな」
男達は武器を下ろし、俺達を包囲していた棘を撤退させる。
「あの化け物を倒していただいて感謝します。人だけではなく、ここを管理していた神すらも喰らい、傍若無人な振る舞いをしていた厄介者でした。あなたが倒してくれたおかげでようやくここも平和になります、ありがとうございました」
深々と頭を下げられ、少しむず痒い。
「いきなり攻撃してきたのに、虫が良すぎませんか? 僕殺されるかもしれないって吃驚したんですからね」
「すみません。あなた方がどこの誰かわからず、もしかしたらあの化け物に与したものかもしれないと思いまして」
確かにこの暗がりだし判断は付かないだろう。
「怪我はしていないんだからいいじゃないか。それにしてもあの化け物がのさばりだしたのはいつからだ? あんなのが地上界にいたとは聞いたことがない」
「あれがここを占拠し始めたのは最近です。昼間はどこかに隠れ、夜になると姿を現すのですが、闇夜に紛れるのがうまく、なかなか討伐する事が出来ませんでした。いつから居てどこから来たのかはさっぱりで、申し訳ありません」
何かを知っているかと思ったのだが、大した情報は得られないようだ。
「そうか、教えてくれてありがとう」
(もっと古くからいるかと思ったのだが、そうではないという事か。それともこの男達は何も知らないのか)
自分と同じ末端の神かもしれない。
「そう言えばこの後何か予定はありますか? ぜひお礼と、そして傷の手当をしたいのですが」
その申し出を聞き、逡巡する。
正直体を休めたいし傷を治してもらえるのは有難いが、この男達……いや、地上の神は天上神の味方なのだろうか。
(俺はともかくアテンとニックを巻き込むわけにはいかないな)
「申し出は有難いのですが、私たちは天上神様の命を受けていまして、すぐに帰らなければならないのです。お気持ちだけ受け取らせてもらいますね」
アテンが機転を利かせて俺の代わりにお断りをしてくれる。
やや残念そうにしながら地上の神は「そうですか」納得してくれた。
「天上神様の命ならばしかたありませんね。ではまた改めてお礼をしに伺わせてください。すみませんがお名前を教えて貰えますか」
迂闊に名乗るわけにはいかないのだが、代わりに名乗る名前も浮かばない。
俺が悩み口を閉ざしたままでいると代わりにニックが前に出る。
「すみません、ソレイユ様はまだ体調が悪いので、そろそろ出発させてもらいますね」
ニックの言葉に俺とアテンは固まり、地上の神達は目を丸くする。
「ソレイユとは、あの天空界を追放されたという太陽神の名前では……?」
やはり話は来ていたか。
ニック。迂闊なのは身内の前だけにしてくれ