この時代において、
旅行ほど無意味なものはない。
そう思われている。
そして、おみやげという習慣は、
何百年も前の奇異な風習として、
少し語られる程度になった。
旅行に行かなくても、
電脳でダウンロードすれば体験できる。
電脳の情報は、実際の体験とイコールの世界だ。
その気になれば身体を残したまま、
世界一周だってできる。
それは、パンダの恐怖のない、
とても優雅なひと時。
誰かにお土産を買う必要なんてどこにもない。
体験したことがすべてで、
それ以上何かを買う必要などない。
観光名所と呼ばれる場所は、
体験の情報を作ることに躍起になった。
つまり、誰かに体験してもらって、
それをネットにアップする。
全身サイボーグだと、全身信号なので変換の必要がない。
雇われサイボーグは、
かいがいしく世話を焼かれ、
綺麗な景色を見て、
温泉なんか入ったりして、
その情報をネットにアップする。
経験をそのまま体験できる。
それを有料ダウンロードしてもらうという仕組みだ。
雇われサイボーグの経験した旅行。
それは、パンダの脅威にさらされ、
なかなか町からすら外に出られない人々に、
少しの気分転換をもたらす。
外に出ればパンダがいる。
恐ろしい凶暴なパンダが。
それなのに、
世界はまだこんなにすばらしい場所が残っている。
それを経験できる。
ネットワークというものはすばらしいね、
電脳というものはすばらしいねと、
人々の意見は帰結する。
雇われサイボーグは、
世界を旅する。
多少のメンテナンスが必要だが、
旅行経験ダウンロードは予想以上に金になる。
いつの時代も無意味なことに金を使う人種がいるものだと思う。
そう、無意味な、お土産。
また来てくださいと、渡されるお土産。
お土産までは、ネットに上げていない。
また来てくださいという笑顔も、
ネットに上げていない。
昔はわざわざお土産を買ったという。
何のためにだろうと、サイボーグは思う。
昔ながらのもの。
サイボーグにはその価値がわからない。
饅頭や手ぬぐい。
置物。
そういったものが、増えていくばかり。
もしかしたらと、サイボーグは思う。
昔の人は、こういう無意味なことに意味を見出せる、
余裕か何かがあったのかもしれない。
そう思ったら、サイボーグはちょっとだけさびしくなった。
今はどこに出かけるにも、
大体武装して、
パンダ襲撃に備えないといけない。
凶暴な野良三毛パンダはどこにでもいる。
このサイボーグも身体にかなり武器を仕込んでいる。
そうでなければ旅行なんてできない。
そうでなければ生き残れない。
余裕のない人間。
余裕の証のお土産。
お土産はどこもパンダグッズになったなと、サイボーグは思った。