ネネはパソコンの電源を切った。
寝巻きに着替えてあるが、
朝方にはまた、制服を着て出かけるのだろう。
渡り靴も準備した。
『少し寝るですか?』
肩にいたドライブを、机に乗せる。
「うん、ずっと起きててもしんどいし」
ネネは言いながら、ハンカチを探す。
青いハンカチを見つけると、次は帽子を探し始めた。
帽子なんてあんまりかぶらない。
学校行くにもかぶらないし、休日にもかぶらない。
ネネはおしゃれに無頓着だ。
いっそすがすがしいほど。
「帽子帽子…あった」
ネネがベージュのハンチング帽を取り出す。
埃をざっと払う。
そして、青いハンカチを帽子の内側に敷いて、
帽子をさかさまにあければ、
「ドライブの寝床」
ネネは帽子をドライブのそばに置く。
ドライブは戸惑う。
おろおろとして、鈴をちりりんと鳴らす。
「そこで寝るといいよ。あったかいのがいい?」
『いいのですか?』
「いいのいいの、帽子なんてかぶらないし」
『ありがとうなのです』
ドライブは丁寧にお辞儀した。
そして、帽子のふちからよいしょと入り込む。
「寒くない?」
『ちょうどいいのですよ』
ドライブはそのままハンカチに埋もれた。
ネネもそれをよしとした。
「おやすみ」
『おやすみなのです』
ネネは明かりを落とす。
部屋はやがて真っ暗になった。
ネネはベッドで考える。
ドライブは好きでこんなところにいるのだろうか。
自分の居場所を、こんなところとは、あまり言いたくないが、
ドライブももっと居場所があるのではないか。
そこにはもっとふかふかのドライブのお布団があったり、
回し車もあったりして、
とても居心地がいいのではないだろうか。
ネネは寝返りを打って考える。
少ししか知り合いでないかもしれない。
それでも、ドライブは幸せだろうか。
ネネの肩は居心地がいいだろうか。
ネットの人よりも、ドライブのほうが今、身近にいる気がする。
今まで話す人間は限られていて、
しかもぼそぼそと話すばかりだった。
今、ドライブがそこで寝ているはず。
考えを読んで話す螺子ネズミなんて、夢の産物かもしれない。
それでもネネにはドライブがいて、
ドライブの導きでまた、朝凪の町に行こうとしている。
ネネはまた、寝返りを打った。
なんだか眠れない。
眠っても気持ちが悪そうだ。
『眠れないのですか?』
ころころとドライブの声がする。
「うん、なんだかね」
『眠ってしまえばいいのです。何にも心配ないのです』
「ドライブは?」
『ちょっと寝れば平気なのですよ』
「便利なんだね」
『だからネネは寝ちゃえばいいのです』
「なんだか眠れない」
『何が心配ですか?』
「うん…」
ネネは考えて、話す。
「ドライブは幸せ?」
『幸せですよ』
ドライブの鈴を転がすような声が、頭に響く。
『角砂糖も食べられたし、寝床もあるのです』
「幸せ?」
『幸せなのです。ネネに逢えてよかったなと思うのです』
「うん…」
ネネは鼻の奥がちょっといたい感じがした。
それは涙の出る前兆に近い。
すん、と、鼻をすすった。
『風邪ですか?』
「わかんない」
『ゆっくり寝るといいのです。また明日も出かけましょうよ』
「うん」
『ネネが元気ですと、ドライブも元気なのです』
「ありがとう」
『ありがとうという言葉は、一番うれしい言葉なのです』
「そうなの?」
『ありがとうなのです』
ネネの心が、温かいものに満たされた気がした。
「寝るようにがんばってみるよ」
『眠れなかったら起こしてもいいですよ』
「大丈夫。おやすみ」
『おやすみです』
心にホットミルクを満たしたような気分。
心から身体を辿って、
身体の先々まであたたかく。
角砂糖を一個とかした、ホットミルク。
ドライブがくれた、心のホットミルク。
ネネは不安をつかの間忘れて、眠った。