リディアが走っていったのを、ネネはぼんやりながめていた。
リディアはまた戦いに行く。
死ぬかもしれない。
ネネは止めることができなかった。
ネネはぼんやりと思う。
知っている人が死ぬのは嫌だと。
死んだら生き返らないし、永遠にいなくなるのだ。
それは嫌だとネネは思う。
勇者なら、勇者だったらと思う。
ネネが思う限りで一番強い勇者になって、
戦闘区域の戦闘を全部終わりにして、
リディアも、戦う人も、全部終わりにして、
一番強い勇者の力で平和にするのだと。
ネネはそんなことを思ってみる。
『強引ですね』
ドライブが語りかけてくる。
ネネは少し照れる。
「少し強引でもさ、誰も傷つけないようにならないかなって」
『志はいいですね』
「出来ないことは、よくわかってるけどね」
ネネは朝焼けの空を見る。
いつもと同じ、怖れを知らない空。
何でも出来そうな気がする空だ。
「嬢ちゃん」
ネネに声がかけられる。
気がつくと解体屋のジョーが作業場から出てきていた。
こぉんと言う音がやんでいる。
「嬢ちゃんはどこか行く予定はあるのかい?」
「予定」
ネネは自分の線を見る。
解体屋を通ったあと、どこかにまた伸びている。
「どこだろう、線がどこかに伸びてます」
ネネは見た限りのことを答える。
通りに出ているのは見えるが、左折していて先が見えない。
「右折か左折か、どっちだい?」
「左折してます」
「戦闘区域に入る恐れがあるな」
「そうなんですか」
ネネはステップを踏んでみる。
こっつこっつと音がする。
解体屋はまだ安全らしい。
「通りに出て左折して、森のところ」
「森のところ?」
「公園だったが、木が生い茂って森になったところだ」
解体屋のジョーが説明する。
ネネはちょっと思い出す。
かなわないと感じた木々のことを。
「そこに粘土細工師がいる。人嫌いの変なやつさ」
「粘土細工師」
「粘土が命を持って動き出すとかするらしい」
「ゴーレムとか言うやつですか?」
「さぁな、よくわからないけどな」
解体屋のジョーが遠くを見る。
小さくだけれど、戦いの爆音が聞こえた気がした。
「戦闘区域が拡大するという噂も聞く。気をつけるんだな」
「はい。お邪魔しました」
ネネはうなずいた。
そして、歩き出した。
ネネは通りに出て左折する。
電線すらなかった大通りから入ると、
ごちゃごちゃした小路になった。
電線は上にたくさん。
空が区切られているように見える。
ネネは足元に気をつけながら歩く。
爆音が遠く近くで鳴っている。
ネネはステップを踏む。
こっつこっつ。
まだ安全らしい。通り魔もいないらしい。
ネネは遠くに木々を見つける。
あそこだと思う。
ネネはそこを目指して歩く。
まわりは住宅街になっていた。
近づくと、木々はものすごい姿を現す。
まるで何千年もいたかのような大きな木々。
繋がれ区切られを繰り返して、それでもここにいたであろう木々。
ジョーの話では、そこに粘土細工師がいるらしい。
ネネは以前に、この公園に立ち寄ったことがある。
そのときは、声を少し聞いただけだ。
確か、偽の線に気をつけろとか。
レッドラムの線とも関係があるのだろうか。
それから、ネネが追いかけてしまった人影とも関係があるのだろうか。
うっかり戦闘区域に入ったきっかけの人影。
「関係あるのかな」
ネネはぼそっとつぶやく。
『ネネに線を辿られては、まずい存在がいるのかもです』
「なんでまた」
『わかりませんけど、そんな気がしました』
ネネはため息をつくと、線を辿って公園に向かった。
線は公園を目指している。
ものすごい木々の公園だ。
ネネは一歩足を踏み入れる。
木々が緊張したように、音をなくしたような気がした。
ネネも緊張する。
世界が違うものが相対するような緊張。
ネネはじっと前を見る。
ふわりと風が吹いた。
音が戻ってきたように、木々がざわめく。
ネネは許されたような気がして、歩き出した。
粘土細工師は、ここにいるのだろうか。
ネネはあたりを見回した。