ネネは部品の山に囲まれた、
解体屋の家らしいところに向かう。
小さい家だが、縁側がついていたり、
近くには物干し台もあったりして、生活感がある。
縁側で音編みの女性が、なにやらいじっている。
アコーディオンをあちこちばらばらにしている。
ネネは音編みの女性の近くの縁側に座った。
ぼんやりと音を聞く。
こぉんこぉん、そして、たまにアコーディオン。
目を閉じると、音が波によって表されるのがわかる気がする。
音波とは、よく言ったものだなと思う。
凪の海に反響するような感覚。
「海かぁ」
ネネはつぶやく。
自分のイメージの中で海があって、
波のない海に、解体屋の音が波を作っている。
アコーディオンも、ネネの足音も、
誰かの声だって、ネネの凪の海に波を立たせているのだ。
誰かに触れることで、海は海として完成するような気がした。
音編みの女性がアコーディオンを鳴らす。
調律が終わったらしい。
ふわーと音を鳴らしてみている。
アコーディオン特有の懐かしい感じの音。
それが、ネネの心の海にさざなみを立てる。
決して荒波でなく、ざわめく感じのさざなみ。
音編みの女性が、アコーディオンで何か奏で始める。
聞いたことあるような無いような、ノスタルジックな曲だ。
早い指使い、適度にアコーディオンを傾けて、音をつなげる。
ネネは目を閉じて波に揺られる。
音の波が心地いい。
遠く近くに、こぉんこぉんと聞こえる。
ネネは心の波を見ている。
心の海はどこに通じているのだろう。
ネネは漠然と思う。
心の海の果てには、小さなネネを泣きやませるものがあるのだと。
果てまで行き着いたら、小さなネネは泣き止んでくれるのだと。
勇者になりたいと泣いていたネネ。
音の波が来るのよりも、もっと果てに、
小さなネネも納得する答えがあるはずと。
ネネは音の波に揺られながら思う。
小さなネネは、どんなことで納得するだろう。
理屈ではないだろうなと思う。
不意に、かちゃんという音がした。
ネネは目を開いた。
あちこちきょろきょろする。
錆色の山のふもとにあたるところで、
人が一人作業をしていた。
音編みの女性じゃない。解体屋のジョーでもない。
でも、ネネはその人に見覚えがあった。
迷彩柄の上下。バンダナを巻いている。
大きな銃を背にして、大きな無線がそばに置かれている。
ネネはこの人を知っている。
戦闘区域にいた、リディアだ。
ネネは縁側から立ち上がって、リディアのほうに行く。
邪魔をするのは悪いし、それでも目をそらす気にもなれず、
ネネは立ったまま、リディアの作業を見ていた。
「何見てるんだ?」
リディアが作業したままたずねる。
「生きてたんだなと思って」
ネネは答える。
「お互い様さ」
リディアは短く答える。
リディアにとっては、多分戦闘区域の中で生きているから、
知り合いが生きているのが、不思議なことなのかもしれない。
ネネはそれをなんとなく悲しいものだと思う。
「あたしは生きてるよ」
「そりゃよかった」
リディアはネネに目を向ける。
「俺は生きてる。だから変な顔をやめてくれ」
「変な顔?」
「おばけでも見たような顔をしているよ」
ネネは自分の顔に手をやる。
リディアは笑い出した。
「野暮な身なりなのに、気にするんだな」
「気になるよ」
ネネは気分を害したように答えてみる。
リディアは面白そうにネネを見ている。
「生きているってのは、面白いんだな」
リディアが、何かを作っている。
ネネはぱっと見ではわからないが、
多分武器だろうと思う。
誰かを殺すための道具。
リディアが身を守るための道具。
「変な顔をするなよ」
リディアが作業しながらいう。
「武器無しでは生き残れないんだ。わかるだろ?」
「わかるけど…」
ネネは言葉をつむげない。
わかるけど、武器を使うなとも言えない。
何とも言えない。
ネネはだまってしまう。
「俺は生き残ってやるさ」
リディアが武器を完成させる。
よくわからないが、多分武器なのだ。
「生きていたら、また会えるといいな」
リディアは微笑んで、解体屋から走って出て行った。