ネネは木々を見上げる。
たくさんの葉に囲まれた、朝焼けの空。
命すら宿っていそうに見える空。
少ししか見えない空だけど、
空はいつもと同じように、何かを伝えてきている。
ネネは空の言葉がわからない。
木々の言葉だってわからない。
それでも粘土細工師は言うのだろう。
心を開けと。
ネネは空を見上げる。
その空間はとても静かなように感じた。
足元で粘土細工が騒ぐ。
ネネは足元に目をやる。
何かを騒いでいる。
さっきとは違う気がする。
「早くこの場を離れたほうがいい」
粘土細工師が言う。
「なぜですか」
「今、外のほうから連絡が風に乗って届いた」
「連絡?」
「戦闘区域が広がるらしい」
ネネは言葉を失う。
「ここも戦闘区域になるそうだ。早く離れなさい」
「それじゃ、みんなはどうなるんですか」
「生きるだけだよ」
粘土細工師は、澄んだ目でネネを見る。
生きるだけの目。
余計なものがない目のように思われた。
「行きなさい。生き残りなさい」
ネネはうなずく。
そして、出口に向かって歩き出す。
「一つだけ聞きたい」
粘土細工師がネネの背にたずねる。
「名前を教えてもらいたい」
ネネは振り返る。
「ネネ。友井ネネ」
「ネネ、生き残りなさい」
ネネは大きくうなずいた。
「絶対生き残るよ」
粘土細工師もうなずいた。
ネネは歩き出した。
公園の敷地を出ると、
今まで静かだった公園とはうってかわって、
爆音が遠くで鳴っているのが聞こえた。
ネネはステップを踏んでみる。
かんかんかん!
警報が響く。
どのくらい戦闘区域が広がったかはわからない。
どこに向かえばいいかもわからない。
とにかく走ろう。
ネネは大きく深呼吸すると、
自分の線を見定めた。
この線を辿るしかないか。
どこへ向かうかは、線だけが知っている。
この線が戦闘区域の只中に行くかもしれない。
行くしかないさとネネは思う。
ネネは、遠い爆音とともに走り出した。
線を辿り、右へ左へと曲がる。
住宅地のはずなのに、コンクリートが削られたり、
何かで欠けているのが目にはいる。
戦闘はここでもあるのだ。
危ないなんて言ってられない。
戦闘区域なのだ。
ネネは走る。渡り靴はかんかん鳴りっぱなしだ。
爆音が近い。
そのうち自分が狙われるのかもしれない。
構うものか、走ってやる。
銃声が聞こえる。
たたたんたたたん。
この音は命を奪う音だ。
そのうち自分も狙う音だ。
ネネはチラッと下を見て、道の上の線を見た。
次で左折。
ネネは走った。
たたたん。
銃声が近い。
爆発の音が近い。
ネネは左折したそこで、足をもつれさせた。
転んだそこは、どこかの家の敷地らしかった。
敷地らしいが、廃墟のように、
窓は壊れ、壁は穴だらけで、戦闘にさらされていたことを示していた。
ネネは息をつく。
もつれさせたときにドライブも転がっていた。
ドライブは目を回している。
ネネはそっとドライブをなでた。
『うーん』
ドライブは意識を取り戻す。
『ネネ、大丈夫ですか』
「こっちの台詞。大丈夫?」
『平気です』
ドライブはネネの手を辿り、肩にちょこんと座った。
『どこまで戦闘区域なんでしょう』
「わかんない」
『突風を呼びますか?』
「狙われるかもしれないよ」
『そうか、そうですよね』
ドライブはうんうん考える。
ネネも考える。
ここから最寄の安全な場所はどこだろう。
そして、線はどこを目指しているのだろう。
ネネは上を見る。
電線に区切られた空がある。
線はどこに行くのだろう。
ネネは深呼吸する。
ずいぶん息が整ってきた気がする。
ここから行くと、どこに出るだろう。
ネネは一つ思い当たることがあった。
「ドライブ」
『はい?』
「この近く、もしかしたらあたしの学校の近くかもしれない」
『学校の?』
「うん、そこを目指しているかもしれない」
ネネはたちあがり、そして、線を見定めた。