それからネネはテストの復習などをして、
晩御飯にドリアを食べて、
お風呂に入って、寝巻きに着替える。
変わったことは何もない。
いつもの土曜日だ。
ネネは部屋の机で勉強らしいことをする。
ネットをさまようよりは、自分に何かがしみこむ感じがする。
そして、次の朝は、テストの解答を持って、
あの光の向こうへと行くはず。
教えてくれたのはハヤト。
バーバのことも知っている。
ネネはハヤトの偽者も見た。
朝凪の町が危険だということも知っている。
ハヤトには危険だと伝わっているだろうか。
ハヤトは何で、朝凪の町のバーバを知っているんだろうか。
ネネだけが向こうに行けるわけでないにしろ、
ネネの中でたくさんの疑問になる。
『ネネ』
ドライブが声をかける。
『同じところを回っても仕方ないのです』
「そうだけどさ、気になるんだ」
『ハヤトのことですね』
「うん」
ドライブに隠し事はきかない。
『ネネの前に立って、導いてくれているようですね』
「ドライブもそう思うんだ」
『思います。そして、もう一つ思うことがあるのです』
「もう一つ?」
『ハヤトはずっと昔にネネとあっています』
「昔?」
『線が交わった気配がするのです』
「ぜんぜん覚えてないよ」
『きっといずれ、お互いわかると思うのです』
「そうかなぁ…」
『ハヤトは、もう、わかっているのかもしれませんね』
「なんか悔しいなぁ」
ネネはふくれっつらになる。
ドライブが頭の中で笑う。
鈴を転がすように、優しくころころと。
ネネは笑い声に心地よくなった。
ドライブはいいネズミだ。
考えを読まれるのも、もう慣れた。
そういう螺子ネズミというもので、優しいドライブなんだなと思う。
ネネは笑う。
難しいことから、そのときは解放された気分になった。
テストの復習をある程度終え、
ネネは湯冷めする前にベッドにはいる。
いつものように、ドライブに寝床を作ることも忘れない。
「おやすみ」
『おやすみなのです』
ネネは電気を消す。
心地よい闇が支配する。
ネネは程なく眠りに落ちた。
ネネは暗いどこかを歩いている。
誰かに手を引かれている感じがする。
先にその誰かが歩いていて、ネネは導かれるように歩いている。
ネネは何も見えない。
ぎゅっとその手を握る。
かさかさしているのに、あたたかい。
『ごめんな、ちょっと荒れ気味なんだ』
誰かの声が前からする。
誰の声だっただろう。夢のネネは思い出せない。
『空の島に、占い師が求めるものがある』
誰かが言っている。
『いずれまた空に行くことがある。そのとき』
いきなりネネの暗闇がノイズ交じりになる。
そのとき、そのときどうなるのさ!
ネネは叫びそうになる。
声がでない。
荒れた手を握ろうとする。
あたたかい手を握ろうとする。
その手はするりとネネの手を抜け、
ぬくもりを残して消えてしまう。
ネネは何も見えないノイズの中に取り残される。
夢の傷跡だ。嘆きのノイズだ。
空の凪でないときの雲。
昭和島の雲。
もう一度ここに行くことになるんだ。
占い師が求めるものがあるから。
凪を狙ってまた飛ぶ。
(後悔したくないよ)
ネネは真っ暗の中のノイズをにらむ。
ノイズが一瞬ひるんだ気がする。
ネネはイメージをする。
線の上を歩くサーカスの踊り子。
ネネは心に線を張る。
この線はネネの舞台。誰も入れない舞台。
演目はいつだってロープ渡り。
たまには飛び降りてバイクにまたがったりする。
ネネとドライブが織り成す演目。
ネネは真っ暗の中でロープの上に立つ。
それはネネの線だ。
どこへ行こうともネネとともにある、線だ。
(最後まで見届けるよ)
線がうれしそうに揺らいだ気がした。
気がしただけかもしれない。
ネネはロープの上を走り出す感覚を持つ。
揺らがず、ためらわず、一点を目指して。
どこかに飛び込んだ感じがした。
それはノイズの終わりのような気がした。