ネネと勇者は歩く。
学校の建物を離れ、国道へ向けて。
高く飛ぶには国道がいい。
七海の戦闘機も国道を使っていた。
車も通らない朝凪の町。
だから無茶なことが出来るんだろう。
ネネは空を見る。
雲が浮かんでいるのが見える。
それはなんだか心にちりちりする。
レッドラムの線を一本受け入れているからかもしれない。
教主は昭和島を目指している。
理の器を奪おうとしている。
多分認識はそれでいいのだろう。
流山監督や、七海でどうにかなるだろうか。
相手は通り魔をはらむ、レッドラムの線を使える。
千の線を束ねる教主だと思う。
殺してしまうだろうか。
教主は、流山や七海を殺してしまうだろうか。
ネネはふるえた。
殺すとかそういうことは、怖い。
ネネの肩にガントレットが置かれた。
「勇者?」
「はい」
「どうして手を?」
「わかりません」
ガントレットの手は優しくネネを包む。
勇者は覚えていないかもしれないけれど、
これは優しさとか言うものに似ている。
「勇者はきっと、優しいんだよ」
ネネは言ってみる。うつろな勇者に。
「朝凪の町でないところでは、きっと優しいんだよ」
「そう、でしょうか」
「きっとそうだよ」
ネネは微笑む。
「朝凪の町が平和になったら」
「なったら、なんでしょう」
「勇者はどうなるの?」
「…わかりません」
勇者は間をおいたが、やっぱりわからないらしい。
「あたしは思うんだ。平和になったら勇者は記憶を取り戻すって」
ネネのその言葉には、裏づけとかそういうものはない。
ただ、ネネの願望に過ぎない。
それでもネネは語る。
なったらいいことを語る。
「勇者は記憶を取り戻してね、あたしと友達になるの」
「友達」
「今は戦うから戦友かな」
「そう、でしょうか」
「それでね、勇者は勇者の好きなことをするの」
「好きなこと?」
「あたしは華道が好き。花が好き。勇者は何か思うところある?」
勇者は立ち止まり、考える。
「思いだせません」
「それなら全部が終わってから、考えるといいよ」
ネネはステップを踏むように歩く。
ガントレットの手をよけて、こっつこっつと走る。
「勇者は何が好きだろうね。考えるととても楽しみなんだ」
ネネはにんまり笑う。
勇者がゆっくりネネを追う。
「たとえば絵が好きだったりとか、それで手が荒れてるとか」
ネネはくるりと回って、そんなことを言う。
ネネは意識していない。
意識していないから、そんな言葉が出てくる。
「朝凪の町でないところで、勇者の絵は賞を取ったんだよ」
ネネはまったく意識していない。
勇者はネネをゆっくり追う。
ネネはくるりと回る。
ロープを渡る踊り子が、軽々と舞うように。
「そうだったらいいですね」
「そうだったらいいね」
追いついてきた勇者を、ネネは見上げる。
「勇者はきっと優しいよ」
勇者はうなずいた。
ネネもうなずいた。
野暮な言葉はあまり必要ない。
「どこかできっと逢った気がするんだ」
ネネはイメージで話す。
ネネの心の奥底で泣いている、小さなネネのイメージ。
「男しか勇者になれないんだって」
勇者はその言葉を受け止め、話しだす。
「私が、もしそんなことを言うのであれば、ですけれど」
「うん?」
「女性に戦うことをしてもらいたくないと思うのです」
「戦って欲しくないって?」
「危険な目にあうのは、男だけでいいのです」
「それって差別だ」
「そう思い込んで戦うのが、男だと思うのです」
「勇者はそう思うの?」
「全てを背負って戦えるなら、それがいいのです」
「勇者はバカだ」
「バカとはなんですか」
勇者の声色に微妙に変化が出た。
「全部なんて背負えないから、バカだ」
「それでも全て背負って朝凪の町を平和にしたいのです」
勇者の声に、熱っぽい語りが入る。
ネネはにんまり笑った。
「ほら、図星つかれて熱くなってる」
「う…」
「いいんだよ」
勇者は大きくため息をついた。
それはとても人間らしいとネネは思った。