ネネは着替える。
朝凪の町に行っていた、学校の制服から、
野暮ったい普段着に。
全体的にダボダボしている。
『おしゃれすればいいのに』
「いいの。どうせ外に出ないし」
『何かの拍子に出かけることになったらどうするんですか』
「そのときは、そのとき」
『むぅ』
「どうせ外に出ないよ」
『デートに誘われたりしたら、どうしますか?』
「でーと?」
『お付き合いしましょうみたいな』
「ないないない」
ネネは幾重にも否定する。
「大体誰がデートなんて言い出すのよ」
『くがかわはやと』
「ハヤト?」
ネネは虚をつかれる。
一拍間がある。
「ないない、ありえない」
『でも、不思議な電話もしてきました』
「不思議な電話ねぇ」
ネネは考える。
あれは本当にハヤトだったのだろうか。
ぼそぼその声は聞き覚えのあるハヤトだったが、
何でハヤトが朝凪の町のバーバのことを知っていて、
しかも結界破りも知っていて、
それをネネに教えるというのだろう。
「いつかどこかで会える」
ネネはハヤトが言っていたことをつぶやいた。
『ハヤトに会っているのに、また会うみたいな言い方ですね』
「そうだねぇ」
ネネは椅子に腰掛ける。
背もたれをぎーぎー言わせる。
「ハヤトは何か知っている気がするんだ」
『知っていたら、どうしますか?』
「どうもしないけど、力になりたいと思うかな」
『気になる異性だからですか?』
「わかんない。何かを共有しているような感じはするけどね」
『何かを共有』
「何と言えるわけじゃないけどね」
『ふぅむ』
窓から明るい日差しが差し込んでくる。
「出かけられたら、いい日かな」
『外出の予定はなかったのでは?』
「適当に歩き回るだけ」
『気が向きましたか』
「そういうこと」
ネネは部屋着を脱いで着替える。
おしゃれとは無縁だけれど、それなりの服に着替える。
鏡で出来栄えをみる。
「こんなもんかなぁ」
相変わらず野暮ったいが、自分にしてはがんばったとネネは思う。
『上等なのです』
ドライブが机の上で手を叩いている。
「これでちょっと町に出てみるよ」
『デートですか?』
「だから違うって」
ネネは再度、否定する。
『ネネは面白くないのです』
「面白くなくて結構」
『面白いネネよ、カムバックなのです』
「そもそもいないもん」
『ひどいのです』
「大きなお世話」
ネネは頬を膨らませた。
一拍間がある。
ネネとドライブは、はじかれたように笑い出す。
ああ、平和だとネネは思う。
あるべき日曜の朝だとネネは思う。
「それじゃ下に行ってくるね」
『はいなのです』
ネネは言い残して、階段を降りていった。
「おはよー」
ネネは機嫌よく台所にはいる。
ミハルがキッチンに立っている。
においから卵を焼いているらしい。
「あら、ネネ。呼ぼうと思ってたところだったのに」
「目覚めよくってさ」
「いいこといいこと」
ミハルはうんうんとうなずいた。
「父さんは?」
「たった今、新聞取りに行ったところ」
「すぐ戻ってくるかな」
「お日様が優しいから、外で少し読んでるのかも」
「父さんらしいや」
「本当に、神経質なんだか、のんびりなのか」
「そんな父さんが好きなんでしょ」
ネネはするりと言ってみる。
ミハルは微笑んだ。
「そう、マモルさんが好きよ」
不意打ちにも切り返す愛の深さ。
ネネはそんなことを思った。
愛するとかいう気持ちを、呼吸と同じくらい持っている人は強い。
母になっている人は強い。
主婦は最強だ。
最強が愛した人も、多分同じくらい強い。
かなわないなぁと思う。
「お父さん遅いわね」
言っていたところで玄関から物音がする。
「いやはや、読みふけっていたよ」
パタパタとマモルがやってくる。
「新聞と一緒に何かの勧誘のチラシが入っていたんだ」
「あらなに?」
「占いがどうしたとか。読んでみるかい?」
マモルは新聞の間からチラシを抜き取った。