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第135話 空へ

ネネは先を行く勇者の鎧をぽんと叩く。

勇者は戸惑ったようだが、

ネネはほっといて国道の真ん中に走っていく。

車が来ないこの国道は、無駄に車線が多い。

浅海の町では、この車線いっぱいに車がいる。

朝凪の町には車がない。

だからこんなに荒野みたいな感じがするのだろう。

ネネは国道の真ん中付近にやってくる。

植え込みはなくて、広い、道。

ネネは立ち止まる。

勇者が遅れてやってくる。

「ネネ」

勇者が声をかける。

「なに?」

「心の準備は出来ていますか?」

ネネはにやりと笑った。

「愚問」

ネネは一言で切り捨てる。

整理つかない気持ちは山ほどある。

でも、整理つくまで待っていたら、朝の凪を逃してしまう。

それを逃すと、教主が理の器を手に入れて、

教団を操る以上に好き勝手をする。

建前はそんなところかもしれない。

「いろいろあるけどね」

ネネはつぶやく。

「飛ぶしかないよ」

ネネの言葉に、勇者はうなずいた。


『行きますか』

ドライブが声をかけてくる。

「行こう」

ネネが答える。

「勇者、手をつないで」

ネネが片手を差し出す。

勇者は戸惑いながら、手をつないだ。

ガントレットの冷たい手だ。

でも、ネネはあたたかい手だと感じる。

ネネは力任せにぎゅうと握る。

「走るよ!」

ネネが叫んだ。そして走り出す。

勇者も無言で走り出す。

『突風行きます!』

ドライブが頭の中で声を上げる。

ネネは線の上を走っているイメージを持つ。

ロープの上を軽やかに危なげなく。

勇者もついてきている。

足元から風が吹く。突風だ。

ネネは突風を全身で感じる。

走っている渡り靴は、ダイレクトにネネに風を感じさせている。

「飛ぶよ!」

ネネが、思いっきり地を蹴った。

勇者が重い鎧で地を蹴る。

突風が下にもぐりこんでくる。

ネネは瞬間落下するような浮遊するような感覚を持つ。

それはすぐに風の感覚になって、

ネネは突風の上に乗る。

勇者もちゃんと突風に乗れている。

ネネはガントレットを離さない。

勇者もネネの手を握っている。

それが絆か何かのように。

ネネは風を操る。

ネネの線に乗せるように。

ネネの線はあの昭和島を目指している。

空の上に、雲の中に、浮かんでいるあの昭和島だ。

朝の凪なら声は聞こえないだろう。

でも、雲の中は気象ノイズがひどかろう。

ネネはそれでも突風の向きを変えない。

まっすぐ、まっすぐ、線がそうであるように、まっすぐ。

ネネの脳裏に浮かぶ色がある。

ひたむきな黒。

ネネは心の中で笑みを浮かべた気になる。

こんなときまでハヤトのことを考えてるんだなと。

ハヤトの目だったら、やっぱりまっすぐなんだろうとネネは思う。

はぐれもののふりをしていて、そのくせ一途でまっすぐでひたむき。

ネネは照れ隠しに、ガントレットを握り締める。

こっちが照れるくらい、一途なやつだよ、あいつは。

ネネは我知らず微笑を浮かべる。

明日は絵を描いてもらうんだ。

それまでに、このおおごとを片付けないとな。

「雲に突っ込むよ!」

ネネは叫んだ。


ざぁ…

雲の中に突っ込むと、そこは激しい気象ノイズ。

突風がまっすぐなのかもわからない。

ネネは上に下になる気象の渦の中で、

必死に突風を操る。

自分の線に突風を乗せる。

ただそれだけが難しい。

果てなく落ちている気がする。

上がりすぎている気もする。

雨あられの渦が起きている気もする。

体温が奪われるような気がする。

ネネは震えた。

気象ノイズが恐ろしいと感じた。

「大丈夫です」

ネネにくぐもった声がかかる。

ガントレットがネネの手を握る。

あたたかい。

「信じてください。自分を」

ネネはその手を握り返す。

前を見据える。

眼鏡に水が当たって見づらい。

それでもネネには見える。

ネネの線が、ネネにはくっきりと見えていた。

そして、無音の空間にネネ達は出た。

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