ネネは突風を操ることを瞬間忘れる。
大きな昭和島はそのままだ。
「これが…」
くぐもった声がそこで止まる。
ネネの意識は引き戻される。
「そう、ここが昭和島だよ」
ネネは突風をまた操る。
昭和島を回るように。
厚い雲の中に、ぽっかりと浮かんだ島。
「映画監督が自分の全てをかけた島だよ」
「映画監督?」
「昭和を撮りたいんだってさ」
ネネはゆらゆらと突風を操りながら昭和島を見る。
何も変わった様子はない。
ただ、不気味なほどに静かだ。
「その映画監督は」
くぐもった声が何かを言いかける。
瞬間、轟音が響きだす。
ネネは聞き覚えがある。
七海トモマルの戦闘機大和の音だ。
「七海!」
ネネが叫ぶ。
爆音にかき消されながらも、ネネは声を上げる。
『ネネ!上!』
七海が戦闘機から声を上げる。
ネネは反射的に上を見る。
人影。小さく。
『敵だ!』
戦闘機が大きく回って、小さな敵をとらえようとする。
ネネも上昇しようとする。
「だめだ、撃たれる!」
勇者が声を上げる。
「じゃあどうしろってのさ!」
「戦闘機が攻撃終えたら、その間をぬうんだ」
ネネはうなずき、突風を操る。
戦闘機が木の葉のように舞う。
ネネにはよくわからない攻撃がなされて、
雲にいくつも穴が開く。
「機関銃だ。多分」
ネネの考えを呼んだのか、勇者が言う。
戦闘機が大きく旋回する。
その間を縫うように、ネネの突風が行く。
近づくとわかる。線が束になっている。
この線は、ネネの胸にもある。
ネネの胸がざわざわとざわめく。共鳴している。
「攻撃に出る。落ちたら拾ってくれ」
勇者が大きな透明の剣を構える。
ネネから手を離す。
ネネの突風が対象に向かう。
勇者はバランスを取って、突風に乗っている。
長くは続かない。
ネネはスピードを上げる。
そして、ネネは見る。
宙に浮いているそれは、佐川タミだ。
勇者が突風を踏み込み、タミに肉薄する。
「甘い」
タミは一言言うと、右手をすっと上げた。
勇者が落ちていく。
ネネは一瞬何があったのかわからないが、
勇者を追って突風を操る。
雲と空の間で、勇者のガントレットをつかむ。
がくんとネネが落ちかける。
勇者の下に突風がもぐりこみ、
勇者は体勢を立て直す。
大分距離をとられてしまった。
しかし、あれは、
「佐川さんだ」
ネネがつぶやく。
「教主は、佐川さんだったんだ」
千の線をまとめている教主、
ネネが断つべき線の持ち主、
教団を操り、人を殺していた教主、
辻の家族を奪った占い師。
全部がもつれていたのが、一本になる。
最初からそうじゃないかと思っていた。
もしかしたら違うんじゃないかと思っていた。
ガントレットがネネの手を握る。
「上へ、機関銃に当たらないよう」
ネネはうなずいた。
そして、ネネたちは上へと上がる。
『何が目的だ!』
戦闘機の爆音の中、七海が叫んでいる。
タミが手をあげ、振る。
戦闘機ががくんと速度を落とす。
「七海!」
ネネは叫ぶ。
「中の男に伝えなさい。理の器をよこしなさいと」
戦闘機は無理やり行先を無理やり捻じ曲げられ、
昭和島の下に向けて、猛スピードで突っ込まされる。
操っているのだ、タミが。
ネネは戦闘機を追った。
このままでは昭和島の土台に突っ込む。
ネネは突風のスピードを上げる。
風がバリバリする。
戦闘機に追いつき、一瞬、突風を戦闘機の方向転換に使う。
ネネと勇者の足元には何もなくなる。
「まがれ!」
ネネは叫んだ。
土台に突っ込みそうだった戦闘機が、グリンと曲がる。
「戻れ!」
落下中のネネが声を上げる。
突風は大きく回って、ネネの足元に戻る。
七海の戦闘機が旋回している。
ネネは大きく息をついた。
ガントレットをぎゅうと握る。
戦いはここからだ。