ネネは中空を浮かぶタミの向かって飛ぶ。
水を吸って身体が重い。
「覚悟!」
ネネが鋏を振り回す。
線はぜんぜん切れずに、ネネはバランスを崩して落っこちる。
光の池の水がたくさんあるところに、
ネネはまた落ちる。
ぶくぶくとして、また上がる。
タミが勇者を吹き飛ばしている。
勇者の鎧がぼろぼろになっている。
勇者がすべる。
ネネは勇者の荒い呼吸を感じる。
それでも勇者は立ち上がる。
それでもネネは立ち上がる。
二人同時に踏み込む。
タミは両手を振ると、また、二人を吹き飛ばして、
壁に叩きつける。
ネネは衝撃で目の前が一瞬暗くなる。
心の中の泣き声が、ネネを立ち上がらせる。
壁に叩きつけられようとも、
こんなの痛みに入らない。
「どうして邪魔をするの?」
タミが問いかける。
「許しちゃいけないからだよ」
ネネは肩で息をしながら答える。
「千の線になったそいつを、許しちゃいけないからだよ」
タミがびくりと震える。
「うるさいうるさいうるさい!」
タミの頬に、まだ傷がある。
滴る血は涙のように。
ネネは鋏を握る。
勇者は剣を構える。
「これだけあしらわれているのを、わかっているのに」
タミが手を振る。
それだけでネネは叩きつけられる。
「どうして何度も向かってくる!」
「何度だって向かうさ!」
ネネは叫ぶ。
「何度だって立ち上がる。何度だって立ち向かう」
「無駄なことだと、どうしてわからない!」
「佐川さんは救われていない!」
ネネは言い切る。
感じたことだ。
「理の器を得られれば、救われる!」
ネネは心に感じることがある。
タミの声に似た、小さな子。
「佐川、さん」
ネネは呼びかける。荒い息をついて。
「佐川さんは捻じ曲げようとしているんだ」
タミはネネをにらむ。
「佐川さんは過去を捻じ曲げようとしているんだ」
「だまれ!」
タミが片手を振る。
ネネはまた、壁に叩きつけられた。
「…泣いていた過去を、親のいない過去を、捻じ曲げようとしているんだ」
「だまれだまれだまれ!」
タミが頭を振る。
ネネは立ち上がる。
すぐにバランスを崩してしまう。
「理を変えることを欲していたのは、過去を変えたいからなんだ」
ネネの心の表で、小さな子が泣いている。
「そういうことか」
流山の声がする。
「だから理の器が欲しかったのか」
タミは何も答えない。
「持って行きなさい。それであなたが救われるなら」
流山が動き出す。
光の池に、流山がたどり着く。
「だめだよ流山さん」
七海が抗議する。
「いいんだ」
流山が微笑む。
「子どもが生きていれば、このくらいだろう」
流山が光の池に手を入れる。
「父親らしいことをさせてくれないか」
七海は頭を振る。
「だめだよ。映画を見せるって言ってたじゃないか」
「子どもが救われることのほうが大事だ」
流山はうなずく。
「理の器よ、きたれ」
流山が静かに呼び出す。
光の池がぶるぶると震える。
光がざわめく。
光がたくさんの線を描く。
ネネはうずくまったまま、その様子を見ている。
勇者もうずくまっている。
生きているだろうか。
『ネネ』
ドライブが声をかける。
『理の器を、千の線に持たせてはいけません』
「わかってる」
ネネはつぶやく。
タミは過去を変えたい。
過去を変えることは理に反する。
それすら捻じ曲げようとしている。
タミそのものが消えるかもしれないものだ。
『千の線は、自分の過去を変えようとしています』
「だろうね」
『彼女が器を取りに降りるところを、狙って』
「うん」
ネネは答える。
身体が痛いし重いし、
正直その瞬間を狙えるかはわからない。
でも、やらなければ、めちゃめちゃにされるかもしれないのだ。
ネネは鋏を握った。
タミがゆっくりと降りてきている。
瞬間はすぐだ。